医学界新聞

連載

2015.04.13



Dialog & Diagnosis

グローバル・ヘルスの現場で活躍するClinician-Educatorと共に,実践的な診断学を学びましょう。

■第4話:あの娘,ぼくが川に飛び込んだらどんな顔をするだろう

青柳 有紀(Clinical Assistant Professor of Medicine, Geisel School of Medicine at Dartmouth/Human Resources for Health Program in Rwanda)


前回からつづく

 皆さん,いかがお過ごしですか。今日は形成外科から興味深い症例についてコンサルトがあったようです。早速カルテをチェックします。

[症例]34歳男性。主訴:頭部外傷感染。特記すべき既往歴はなし。1週間前,友人たちと自然公園で遊んでいる最中に頭部に「ケガ」を負った。数日後,創部が化膿しはじめたため,近医を受診し,第1世代経口セファロスポリンを処方されたが,症状が改善しないためERを受診。形成外科による診察でデブリードマンが必要と判断され,手術室にて処置後,入院加療となった。

 入院時のバイタルおよび所見は以下の通り。体温38.0℃,血圧138/67 mmHg,心拍数88/分,呼吸数13/分,SpO2 97%(room air)。前頭部中央から頭頂部にかけて挫創(3.8 cm×2.5 cm)を認め,挫滅組織の一部は壊死している。創は骨膜までは達していない。膿性の滲出液を認めるが,出血はない。その他の頭頚部,胸部,腹部,四肢に異常所見はない。

あなたの鑑別診断は?

 皆さんはこの症例についてどう思うでしょうか。既往歴のない男性にみられた,外傷を起点とする皮膚軟部組織感染の症例です。受傷から1週間が経過しており,その間に近医で経口抗菌薬が処方されていますが,奏効しなかったようです。

 皮膚軟部組織の感染は,特に市中病院に勤務している臨床医にとってはコモンな疾患です。基本的には皮膚にみられる細菌群,すなわちβ溶血性レンサ球菌(A,B,C,G群)や黄色ブドウ球菌によるものがほとんどですが,基礎疾患の有無によっては,他の原因菌も考慮しなくてはなりません。例えば,免疫不全や糖尿病の既往がある患者では,上記の細菌群に加えてグラム陰性桿菌や嫌気性菌なども考慮しますし,最近の抗菌薬の使用歴や入院歴などがあれば,耐性菌の関与の可能性についても考慮すべきでしょう。

 基礎疾患の有無と同様に重要なのが,感染の契機に関する情報です。この感染は「友人と遊んでいるときに負った頭部外傷」に由来するようです。特定の病原体への曝露リスクを評価する観点からも,もう少し具体的に,どのような経緯で外傷が生じたのか知る必要があります。この症例提示文がどこか空疎な印象を与えるのは,「外傷」に至った経緯を十分に説明していないためです。「外傷」を起点とした皮膚軟部組織の感染では,既に検討した細菌群に加えて,例えばガス壊疽の原因として知られる嫌気性菌,クロストリジウム・パーフリンジェンス(Clostridium perfringens)などの細菌も想起されます。

 また,この症例の場合,近医で処方された抗菌薬で症状が改善しなかったということ自体が,微生物学的診断を下す際の手掛かりになる可能性があります。これには,大きく分けて以下の3つのパターンが考えられます。

1)原因菌と抗菌薬がマッチしていなかった可能性
2)抗菌薬の量が十分でなかった可能性……例:不十分な投与量,一次通過効果,腸管からの吸収低下,薬物相互作用(連載第1話参照)など
3)膿瘍など被包化された感染巣の存在により,抗菌薬が病巣に届かなかった可能性

 この症例の場合,どの可能性が最も考えられるでしょうか。

D & D

 病室のドアをノックすると,頭部に包帯を巻いた患者さんが柔和な笑顔で迎えてくれました。ベッドサイドに目をやると,既にバンコマイシンとピペラリシン/タゾバクタムの袋が点滴棒に下がっています。

「頭に怪我をされたとき,どこで何をしていましたか?」
「○×村の近くを流れる川の滝つぼで泳いでいたのです。友人たちと」
「それで,何が起こったのですか?」
「飛び込みました。滝つぼに」
「えっ!?」
「そうしたら底の岩で頭を打ちました。ガツンとね!」
「(!)」

 Freshwater exposure(淡水への曝露)に関連した感染症として,専門医であればすぐに想起されるいくつかの病原体があります()。その中でも,皮膚軟部組織感染の原因として筆頭に挙げられるのがエロモナスです。

 「淡水への曝露」に関連する代表的な感染症

 エロモナス属は世界中の淡水および汽水域,土壌などの環境中に広くみられるグラム陰性の通性嫌気性菌で,特に水中での外傷を契機とした皮膚軟部組織感染の原因菌として重要です。肝疾患や悪性腫瘍など基礎疾患のある患者に,時として重篤な壊死性筋膜炎や筋壊死を起こすことがあり,その場合の死亡率は75%に達するという報告もあります1)。北半球では,気候が温暖になる春から秋にかけて多く報告され,汚染された水や食品などを通じた旅行者下痢症の原因菌としても知られています。

 ぜひ覚えておきたいのは,臨床上重要なエロモナス属に対して,ペニシリン,アンピシリン,オキサシリン,あるいはセファゾリンなど第1世代セファロスポリンがしばしば無効であるという点です1)。フルオロキノロン,第3世代セファロスポリン,トリメトプリム=スルファ・メトキサゾールやテトラサイクリンは一般的に有効とされていますが,台湾など一部の地域や菌株によっては耐性も報告されており2),重篤な症例では必ず感受性を確認しておく必要があります。

 外傷を契機とする感染の場合,その経緯から原因となり得る病原体を適切に考慮できないと,思わぬピットフォールに陥ることがあります。エロモナスの例に漏れず,例えばネコ・イヌによる咬傷や掻傷を契機としたパスツレラ属菌による感染の場合,やはり第1世代セファロスポリンは無効であるため,外傷の詳細な経緯を病歴聴取の際に確認せず安易に抗菌薬を選択すると,憂慮すべき結果につながる可能性があります。

 この患者さんのデブリードマン時に得られた組織の培養では,エロモナス・ハイドロフィラ(Aeromonas hydrophila)とともに,B群レンサ球菌,嫌気性菌(バクテロイデス)が分離され,複数菌感染(polymicrobial infection)が証明されました。それぞれの菌の感受性と治療の利便性を考慮し,モキシフロキサシン(経口)による治療が選択され,数度のデブリードマン後,無事に退院となりました。

 それにしても,これからの水ぬるむ季節,不用意に川に飛び込むのは考えものですね。

今回の教訓

◎外傷を契機とした感染の場合,曝露リスクの観点から適切に原因菌を想定するため,その詳細な経緯について病歴聴取の中で必ず確認すること。

◎エロモナス属は淡水および汽水への曝露に関連した皮膚軟部組織感染の原因菌として重要である。

◎エロモナス属の多くはペニシリン,アンピシリン,第1世代セファロスポリンに対して耐性を示す。

◎前医による処置や処方された抗菌薬への反応が,より正確な微生物的診断の手掛かりになることがある。指導医はレジデントに対して,詳細な関連情報の収集(抗菌薬の種類,用量,併用薬の有無など)に努めるようアドバイスする。

つづく

【参考文献】
1)Janda JM, et al. The genus Aeromonas : taxonomy, pathogenicity, and infection. Clin Microbiol Rev. 2010 ; 23(1) : 35-73. [PMID : 20065325]
2)Ko WC, et al. Increasing antibiotic resistance in clinical isolates of Aeromonas strains in Taiwan. Antimicrob Agents Chemother. 1996 ; 40(5) : 1260-2. [PMID : 8723478]

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