医学界新聞

連載

2014.11.10



在宅医療モノ語り

第55話
語り手:自律の歩みをサポートします 
靴型装具さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりだ。往診鞄の中,往診車の中,患者さんの家の中,部屋の中……在宅医療にかかわる道具(モノ)を見つめていると,道具も何かを語っているようだ。

 今回の主役は「靴型装具」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


大事な道具は宝物です
前回から引き続き,オランダの在宅ケア組織「Buurtzorg」。日本でもよく聞くフレーズを耳にしました。「息子が買ってくれたの。いいでしょ? いいモノで高いのよ」。「保険はきくの?」なんてヤボな質問はやめておきました。
 日本では家にいるとき,靴を脱ぐのが当たり前と聞きました。本当ですか?家に帰ったら,玄関に上がって靴を脱ぐ。そこで初めて安心できる,なんかわかるような気がします。確かに,出入り口ドア付近に,靴を脱ぐスペースを決めているお宅も時々あります。玄関の段差はありませんが,マットなどを敷いてフラットながらも特別なエリアを作っているのですね。

 私はオランダで使われている靴型装具です。今の主人に使ってもらうようになって約10か月。私は2代目です。え? 日本語がうまいですか? ありがとうございます。私の周りでも急速にグローバル化が進んでいるので,毎日が勉強です。

 私の主人は70代後半の女性。このアパートに住み始めてもう10年以上になります。数年ほど前,連れ合いを亡くされ,一人暮らしになりました。主人は病気で歩きづらいという障害を抱えており,足首を持ち上げる動作が難しいのだとか。そこで私がこの家にやってきたというわけです。靴型装具ですが,玄関もありませんので,リビングのソファの脇が私の定位置になっています。

 もともと主人は,ここから車で10分の隣町にある一軒家で,家族と一緒に住んでいました。そこで3人の子育てもされたそうです。子どもたちは成長し,それぞれ独立。そのうちの1人が今,その一軒家に奥さんと子どもと住んでおられるのだそうです。息子さん家族との同居はしないのかって? 私も聞いたことがありますが,考えたこともなかったそうです。「私には私の生活スタイルがある,私の人生があるの」と。

 毎朝,地域ナースが猛スピードで自転車をこいで,自宅に訪問してくれます。ピンポンを鳴らすと,主人がドアを開けるのを待つことなく,お家に入ってきます。たぶん鍵を預かっているのでしょう。ナースが到着して最初にするケアは,シャワー浴。着替えるための下着と衣服は,昨日のうちに主人が準備していました。主人とナースは慣れた感じで,屋内用の手押し車でシャワールームへ移動。ナースがシャワー椅子の準備を行い,そこに主人がどっかり座ると,協働作業の始まりです。石けんを手に取るのはナース。それをパスして,身体の表のプライベートゾーンの洗いを主人,裏の背中の洗いはナース。「バスタオルはそれを取って」と主人が口を出せば,そのバスタオルをナースが出してきます。全てを終えたら,リビングに戻ってようやく一息です。

 身体にクリームを塗り,着替えが終わると,主人はソファに腰をかけ,足をオットマンに置きました。ナースが足を観察した後,弾性ストッキングさんの登場。ここからまた“あうんの呼吸”の協働作業でストッキングを履きます。そしてやっとトリを務める私の出番となります。かかとをしっかり入れ込み,いつもの順番でマジックテープを留めれば装着完了。あとはお薬をナースから手渡され,朝のオツトメは終了です。

 主人はナースをドアの近くまで見送り,お土産のオレンジを手渡しました。主人は自慢の私を履いて,今日は一日何をされるのでしょうか。どこを歩かれるのでしょうか。今晩ベッドに入るまで,今度は私との協働作業が続く予定です。主人の自立と自律のために,私は働き続けたいと考えています。家のソトとウチの両方で,働き続けたいと考えています。

つづく

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