医学界新聞

連載

2014.11.03



モヤモヤよさらば!
臨床倫理4分割カンファレンス

生活背景も考え方も異なる,さまざまな人の意向が交錯する臨床現場。患者・家族・医療者が足並みをそろえて治療を進められず“なんとなくモヤモヤする”こともしばしばです。そんなとき役立つのが,「臨床倫理」の考え方。この連載では初期研修1年目の「モヤ先生」,総合診療科の指導医「大徳先生」とともに「臨床倫理4分割法」というツールを活用し,モヤモヤ解消のヒントを学びます。

■第11回 患者からの贈り物,どうしたらいい?

川口 篤也(勤医協中央病院総合診療センター 副センター長)


前回からつづく

(看護師とモヤ先生がなにやら心配そうな顔で話し合っている)

(大徳) どうしたの?

(看護師I) あ,大徳先生。実は,Tさんから手作りのお菓子をもらってしまって……。

(モヤ) 僕が担当している患者さんなんですが,僕にも菓子折りを渡そうとしたことがあって。断ったら押し問答のようになってしまい,それからちょっと気まずい雰囲気で,面倒なんです。

(看護師I) ……こういうときって,どう対応したらいいんですか?

(モヤ) 4分割で,取り上げることはできませんか?

(大徳) ……こういう問題は,必ずしも臨床倫理4分割を使って話し合うことではないんだけど。複数の職員にかかわる問題のようだし,ちょうどカンファレンスの時間があいてるから,そこで話し合ってみようか。


(1)医学的適応

(モヤ) Tさんは65歳女性,糖尿病の血糖コントロール目的に入院中です。コントロールは良好で教育プログラムも積極的にこなし,来週退院予定です。

(2)患者の意向

(看護師I) Tさんの入院時も私が担当したんですが,その際も菓子折りを持参して,皆さんでどうぞと言われたんです。

(看護師長) 当院は患者からの贈答品は一切受け取らないという決まりがありますから,それは私から説明して断らせていただきました。

(モヤ) 僕も,1対1での病状説明の際に菓子折りを勧められたので断ったんです。そしたら,「外来受診時の先生,看護師さんなどの説明や対応が素晴らしくて入院する気になったんです。おかげで糖尿病のことを理解して,こうして入院して治そうと思えましたし,感謝の気持ちでいっぱいなんです」と言って全然諦めてくれなくって……。

 「病院の規則で決まっているので受け取れません。もしもらったら,自分は辞めさせられるかもしれません」と少し強い口調で言ってしまいました。それから,少し気まずい感じになっています。

(大徳) なるほど。今回Iさんが受け取ったのは,どういう経緯ですか?

(看護師I) 実は先週末,外泊から帰ってきたときに,手作りのお菓子を持ってきたんです。「もともとお菓子作りが好きだけど,自分は糖尿だからもう食べられないし,食べてくれる人もいない。受け取ってくれないなら捨てるだけです」と言うので,主任とも相談して今回は例外ということで,受け取ったんです。

(3)周囲の状況

(看護主任) 4年前に,同い年の夫をがんで亡くされてます。定年後,やっと一緒に過ごせると楽しみにしていた矢先のことだったようです。子どもはいないので,夫のためによく作っていたお菓子を自分で食べるようになり,体重が増えていったみたいですね。夫が入院していた病院では菓子折りを持っていくのは当たり前だったので,今回の入院でも当然のごとく持ってきたそうです。

(モヤ) (知らなかった。Tさんにとってはお菓子作りが生きがいなのかも)

(看護主任) 病院のポリシーも理解していたようですが,今回Iさんにとてもよくしてもらったからと,純粋な感謝の気持ちで,外泊時にお菓子を作って持ってきたみたいです。

(看護師長) 純粋な気持ちからですし,手作りのものを持ってきてしまっているので,例外的に認めたのです。

(大徳) ふむふむ。それで一応解決を見たと。

(看護師長) それが……Tさんと同室のOさんがどこからか聞きつけて,菓子折りを買ってきてしまったんです。もちろん断りましたが,「Tさんからはもらって,自分からのお菓子はもらえないのか?」と一時,ピリピリしたムードになりかけました。それで「今後は,Tさんのような状況でもお断りする」と,Oさんの家族も交えて説明してなんとか納得していただいた次第です。

(4)QOL

(モヤ) あの……。もし自分がIさんの立場だったら,作ってきてくれた気持ちも十分伝わるし,自分がもらわないと捨てるしかないかもしれないし,断るのは難しいです。何よりTさんにとっては,お菓子を受け取ってあげることがQOL向上になる気がするんですけど……。

(大徳) 正直でいいですね。ただ,モヤ先生,そもそも,なぜ医療者は患者個人から診療報酬以外のお金などを期待してはいけないし,もらって喜んではいけないんでしょう。

(モヤ) えっと,利益供与を受けた人にだけ手厚いケアをしたり,対応に差をつけてしまうかもしれないからです。

(大徳) そうだね。それは,医療倫理で守るべき「公正の原則」に大いに反しているし,医療者皆が自分の私的なメリットを優先しだしたら,医療の質はどんどん低下して,結果的に患者さんのQOLを損ねることになるでしょう。

 モヤ先生が,Tさんを思う視点はとてもいいと思います。でも,現金や買ったお菓子はダメで,手作りのお菓子はいいのかなど,線引きはなかなか難しい。それにそういう差をつけたことで,Tさんは喜んでも,Oさんが悲しむことになるかもしれないよね。

(モヤ) (そうか。患者さん個人だけでなく,周りの人皆のQOLをよくすることを考えないといけないんだ)

(看護師長) 今回の件で気付きましたが,一切贈り物などを受け取らない,という病院のポリシーが,患者に十分に伝わっていないように思いました。そこはもっとアピールする必要がありそうです。誰の目にも入るよう院内に掲示したり,ホームページやパンフレットに載せたり……。

(看護師I) でも,病院によっては当たり前のように贈り物の授受があったりしますし,「あの人が渡してるから,自分も渡さないと」と思い込んでしまうこともあるでしょうし,そういう風土や文化的なものも,根強い気がして,悩みます。

(大徳) こういうことで悩まずに済む環境になるのが一番よいのかもしれませんが……私もいつも,どんな対応がベストか,モヤモヤしながら判断しています。

(モヤ) (えっ,大徳先生も)

(大徳) 現状では個人や一施設の取り組みでは限界があることも確かです。学会や病院間で協力するなどして,働き掛けをしていく必要があると思います。

Next Step

(看護師長) Tさんにはあらためて,感謝の気持ちは十分伝わっているので,贈り物はご遠慮いただくよう伝えます。また,院内掲示等の充実を管理部に提案します。

(看護師I) Tさんにはとてもおいしかったと伝えます! Tさんさえよければ,病院の向かいにあるデイサービスに,ボランティアでお菓子を作ってきてもらえるよう勧めてみようかと思います。

(大徳) それならTさんも喜んでやってくれそうですね。

(モヤ) 僕は……えー,偉くなって,患者も僕たちもそのようなことで悩まなくてもよい世の中を作ります!

(大徳) 大きく出たねえ(笑)。頼んだよ。


 モヤ先生,最初は単に気まずくて面倒なだけだったのが,Tさんの思いもわかって,モヤモヤしていましたね。この問題には絶対的に正しい解があるわけではありません。もちろん期待してはいけないし,患者さんも渡すのが当たり前と思ってはいけない。現金やあまりに高価な品は断るべきでしょう。でもそうでなければ,その都度文脈依存的に決めているのが正直なところではないでしょうか。医療者が皆モヤモヤするこの話題,モヤ先生も大いにモヤモヤしてよいんです。この世はモヤモヤにあふれているのですから。

モヤ先生のつぶやき

 大徳先生でもモヤモヤするなら,僕がモヤモヤするのは当たり前だな。その都度ベストと思える選択ができるよう,成長していくぞ!

つづく

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