ショックと思いきや……?(山中克郎,田口瑞希)
連載
2014.07.07
診断推論
キーワードからの攻略
広く,奥深い診断推論の世界。臨床現場で光る「キーワード」を活かすことができるか,否か。それが診断における分かれ道。
■第7回……ショックと思いきや……?
山中 克郎(藤田保健衛生大学救急総合内科教授)=監修
田口 瑞希(藤田保健衛生大学救急総合内科)=執筆
【症例】
65歳,男性。2日前から労作時の呼吸苦を自覚。最初は急な階段を昇った際に息切れを感じる程度だったが徐々に増悪し,来院する前日からは平地歩行をしていても10 mほどで息切れを感じるようになった。来院日には,起床時から体動時に増悪するめまいを自覚。様子を見ていたがどんどん増悪するため,救急外来をwalk inで受診した。主訴はめまい,息切れだが,トリアージナースは顔面蒼白で冷汗・チアノーゼ,橈骨動脈が触知しづらいという所見から「緊急」と判断。患者はストレチャーに乗せられ,初療室に連れられてきた……。
[既往歴]高血圧,脂質代謝異常症,不安定狭心症(1か月前に不安定狭心症で入院歴あり)
[内服薬]特記事項なし
[家族歴]特記事項なし
[生活歴]たばこ(-),酒(-)
[来院時バイタルサイン]体温37.2℃,血圧92/54 mmHg,心拍数15回/分,呼吸数30回/分,SpO2末梢冷たく測定不能
[来院時意識レベル]JCS 0
[その他]眼瞼結膜軽度貧血様,眼球結膜黄染なし,呼吸音清明,心音異常なし,腹部平坦・軟・圧痛なし,四肢冷汗著明,末梢を中心に網状皮斑,チアノーゼ
……………{可能性の高い鑑別診断は何だろうか?}……………
キーワードの発見⇒キーワードからの展開
救急室で複数の患者を同時に診療しなければならない場合,「どの患者を優先的に診療するか」の判断が非常に難しい。患者を見た医師の第一印象で決まる場合もあれば,今回の症例のように経験豊富なトリアージナースの判断も参考になる場合もある。しかし,誰もが客観的に判断できるものとして有用なものを挙げるとすれば,それはもちろんバイタルサインだろう。
今回の症例もバイタルサインが不安定であり,高度の徐脈を認めることから緊急の対応が迫られた。初療医はバイタルサインと「末梢を中心に網状皮斑」の所見からショックと判断し,心電図モニター装着,酸素投与,静脈路確保を施した。モニター上,wide QRSの徐脈で,P波は認めなかった。これらの所見から,初療医は「症候性徐脈」であると考えた。このキーワードから推察すべき鑑別診断は表1のとおりだろう。
表1 「症候性徐脈」から導くべき鑑別診断リスト | |
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なお,症候性徐脈と判断した場合,その原因を探る必要もあるが,まずはバイタルサインを安定させることが優先される。米国心臓協会が推奨する徐脈のアルゴリズムにおいても,徐脈による循環不良のサインを認める場合は,速やかに経皮ペーシングの準備を行い,ペーシングの準備ができるまでの間にアトロピン0.5 mg静注を考慮するよう推奨されている1)。本患者もこのアルゴリズムに準じ,まずアトロピン0.5 mgを投与。こちらは無効であったものの,その後に行った経皮ペーシング(ペーシングレート60回/分,ペーシング強度50 mA)により,バイタルサインは一時的に安定し,めまいも改善した。
血液ガス測定を行ったところ血清カリウム値8.2 mEq/Lと高値であり,本患者の症候性徐脈は「高カリウム血症によるものである」と判断できた。そこでグルコン酸カルシウムを投与し,グルコース・インスリン療法を施行。これらの治療が奏効し,血清カリウム濃度低下とともに房室ブロックも改善,洞調律に復帰し,経皮ペーシングから離脱できた。
バイタルサインが落ち着いたころ,ようやく血清生化学検査の結果が届いた。その結果,BUN 64.8 mg/dL,Cre 5.4 mg/dLと高度の腎機能障害を認めており,この患者は腎機能障害による高カリウム血症であったと考えられた。冒頭の症例提示において「2日前から労作時の呼吸苦を自覚」と,症状の進行が比較的急であることから,「急性の腎機能障害」と考えられるだろう(既往歴にある「1か月前に不安定狭心症で入院」した際,腎機能に異常が見られていなかった点を勘案しても,そう考えられる)。
めまいの自覚症状は完全に消失し,バイタルサインも安定したことによって体幹と上肢の網状皮斑は改善したが,両下腿前面と足底の網状皮斑は残存。再度詳しく診察すると,足趾の先端部のチアノーゼと,ごく一部に黒色の潰瘍があることに気付いた。これら一連の情報から,「急性の腎機能障害+皮疹」をキーワードとし,表2の鑑別疾患を想起したい。
表2 「急性の腎機能障害+皮疹」から導くべき鑑別診断リスト | |
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最終診断と+αの学び
血清カリウムが正常化した後に行った心電図検査は以前の心電図と著しい変化を認めず,また血清生化学検査でも心筋マーカー上昇が認められないため,急性冠症候群は否定的であった。入院して血液浄化療法を施行しつつ血管炎を疑い,下腿の皮疹の皮膚生検を施行。この皮膚生検により,真皮下層の小血管にコレステリン結晶の塞栓像を認めた。
[最終診断]コレステロール塞栓症
◆ショックにマスクされた所見
診断の決め手となったのは皮膚生検であったが,さらに詳細な病歴聴取により,1か月前の入院時には冠動脈カテーテル検査を施行されていたこともわかった。
コレステロール塞栓症は,数週間かけて発症し,主たる要因には血管内カテーテル操作やワルファリン・ヘパリンなどの抗凝固療法などが挙げられるが,それらの要因がなくても発症する。また,網状皮斑はほとんどの症例で認められるものの,紫斑となったり潰瘍化したりするケースもある。高齢者腎不全の原因の1割でもあるという。
今回,腎機能障害からの高カリウム血症(検査所見)とコレステロール塞栓による皮疹(身体所見)が,ショックによってマスクされていた。一つひとつを解き明かしていくことで診断がついた症例であったと言える。
Take Home Message
・本当の原因がマスクされている場合もあることを忘れずに。
・コレステロール塞栓症は見逃されやすい腎不全の原因のひとつ。やっぱり病歴は大切にしたい。
◆参考文献
1)ACLS EPマニュアル・リソーステキスト(日本語訳).American Heart Association.バイオメディスインターナショナル;2014.
⇒ACLS Providerコースの上級者向けであるACLS EP(Experienced Provider)コースのテキスト。重症患者を心肺停止にしないための知識や,特殊な環境での蘇生のためのノウハウが詰まっている。ACLSでは物足りなくなった人にはこれ。
2)Scolari F,et al.Cholesterol crystal embolism:A recognizable cause of renal disease.Am J Kideny Dis.2000;36(6):1089-109.
⇒コレステロール塞栓症についての総説。比較的わかりやすく書かれている。
(つづく)
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