医学界新聞

連載

2014.03.17

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第265回

米スポーツ界を震撼させる変性脳疾患(5)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3066号よりつづく

 前回までのあらすじ:NFLは,脳震盪について,専門委員会による「科学的」調査を推進することで,「危険は大きくない」とするプロパガンダを展開した。

 本シリーズ第一回でも述べたように,ピッツバーグの神経病理学研究者ベネット・オマルがNFL元選手に見られた慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy,以下CTE)の病理報告第一例を『Neurosurgery』誌に報告したのは2005年7月のことだったが,その時点でNFLの専門委員会Mild Traumatic Brain Injury Committee(MTBIC)が同誌に発表した研究報告は第8報を数えていた。「NFLでは脳震盪の危険を心配する必要はない」とするキャンペーンを精力的に展開していた真っ最中に,「脳震盪を繰り返すことで,脳に深刻な病理的変化がもたらされる危険がある」とする趣旨の論文が発表されたとあって,MTBICはその撤回を要求するほどの強硬な「拒否反応」を示したのだった。

 しかし,「全否定」と言ってよいほどその論文を徹底的に攻撃したMTBICが,逆に,オマルから痛烈なしっぺ返しを食らうことになるのに大した時間はかからなかった。2006年11月,オマルは,「元選手に見られたCTE」の第二例を報告したのである()。

 一例目がスティーラーズの元選手マイク・ウェブスターであったことは前述したが,二例目は,くしくもウェブスターの元チームメート,テリー・ロングだった。14年に及ぶ選手生活を退いた後重度のうつ病を患うようになり,自殺企図を何度も繰り返した揚げ句に,2005年6月ポリエチレングリコールを服用して絶命したのだが,ウェブスターと同じく,タウ蛋白陽性の神経原繊維濃縮体が脳皮質の広範な領域に認められた。NFLが繰り広げていた「心配ない」キャンペーンとは裏腹に,当時,「脳震盪を繰り返したNFL元選手に,うつ病や認知症の頻度が高い」とする臨床データが集積されつつあっただけに,オマルの病理報告のインパクトは大きかった。

ハーバード出身の元プロレスラーが始めた調査

 しかし,インパクトが大きかったとはいってもここまでの反響はアカデミズムの域内にとどまり,NFLにおけるCTEの問題が広く一般に知られ...

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