医学界新聞

連載

2013.10.14

在宅医療モノ語り

第42話
語り手:いただくご縁を大切にしています 特殊寝台さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「特殊寝台」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


福祉用具のカタログ
各社で工夫を凝らしているカタログは大変勉強になる教材です。道具の使い方や選び方から値段まで,情報満載。同じ商品の値段を各社で比べてみるのも興味深い。福祉用具専門相談員から助言がもらえると,さらに勉強になります。メモをとる手も止まりません。
 寝具を持たないで生活している人。いないとは言いませんが,少ないでしょうね。寝具メーカーのコマーシャルではありませんが,人生の3分の1は睡眠時間。大切にしたい時間です。「布団vs.ベッド」「軽い羽毛布団vs.重たい綿布団」「高い枕vs.低い枕」。好みに合わせ,バリエーションは数限りなく広がります。

 私は,特殊寝台といいます。介護用の電動ベッドのほうがイメージしやすいでしょうか。リモコン操作で上半身が上がったり,逆に膝が上がったり,ベッドの高さ全体が調節できたりします。実際どんな方が私を使うのか,ですか? やはり高齢者の方が多いのですが,年齢に関係なく,病気やケガで障がいを抱えた方もいらっしゃいます。基本的には,ベッドで過ごす時間の長い方が多いですね。寝るだけでなく,背もたれを上げて食事をしたり,ベットの端に座ったり(業界では「端座位」といいます)してリハビリをされる方もいます。頭の方の板(ヘッドボード)を外してベッドの上でシャンプーをしてもらう方もいるんですよ。

 私の場合,見かけよりも機能重視です。「木目調」のデザインなんかもほとんどありません。サイズはかなり大きなモノですので,日によって使い分けることができず,お部屋の大部分を占拠する場合もあります。長年使ってきた寝具からの乗り換えが必要になることも多く,実行には勇気や覚悟も求められるようです。以前,100歳に近いおばあさんのお宅でこんな経験をしたことがあります。10年前までは自転車を乗り回すほどお元気でしたが,最近は布団で寝込んでトイレにも行けなくなり,オムツを使用するようになりました。毎日のオムツを替えるのは,若いころはよく喧嘩していたお嫁さん。布団の上での慣れない介護で,お嫁さんは腰が痛くなったと嘆きます。ケアマネさんと相談し,私が搬入されることになりました。私が到着してみると,当のおばあさんからは,「もう100年も布団で寝ているんです。やめてください。お願いだから,この布団で死なせてください」との訴え。私は返す言葉がありませんでした。

 そういえば,こんなこともありました。入院中の患者さんが「抗がん剤の治療はこれで最後」と医師に言われたそうです。それが何を意味するのか,詳しい話はわかりませんが,家族は慌てて役場に介護保険の申請に行き,在宅医療の手はずを整えました。そして退院の日に合わせ,ご自宅に私が運ばれ,組み立てられました。福祉用具専門相談員さんも汗だくです。ご主人にとっては久しぶりの帰宅。「ただいま」。玄関では元気そうな声でしたが,お部屋に入りスタンバイOKの私を見るなり,がっくりされたようでした。「俺はそんなに悪いのか?」。誰かに尋ねるというよりは,つぶやきに近い感じでした。「やっぱり家は落ち着くわね,お父さん。なんだかすごいマットレスも入れてもらったのよ。床ずれの防止になるんですって」。奥さんが一生懸命に話しかけますが,ご主人は黙ったままです。おそらく床ずれなんて考えたこともなかったのでしょう。私自身も歓迎されていない雰囲気を悟り,身を縮めてみましたが,大きな存在感が残りました。

 その晩,初めて私の上でご主人に寝ていただいたわけですが,声を出さずに泣いておられるようでした。私も気分が沈みました。どうせ眠れない夜を過ごすのなら,気持ちが少しでも和らぐようにと,マットレスさんと協働してつらい気持ちを包み込むように努力しました。協力し,ご主人から寝息が聞こえたときには,私もほっとしました。

つづく

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