医学界新聞

連載

2013.10.14

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第255回

名門医療企業が採用した生き残り策

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3045号よりつづく

 『ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)』誌9月12日号に,マサチューセッツ州最大の医療サービス・プロバイダ,パートナーズ・ヘルスケア社(以下,パートナーズ社)からコスト抑制に関する論説が寄稿されて注目を集めた。論文のタイトルは「Balancing AMCs' Missions and Health Care Costs――Mission Impossible?」(AMCはacademic medical center の略)だったが,学術的医療機関が,研究・教育の使命を全うしつつコスト抑制を達成することが可能かどうかを論じる内容だった(註1)。)

コスト抑制に舵を切った医療費高騰の「主犯」

 パートナーズ社は,ハーバード系の名門2大病院,マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタルとブリガム&ウィメンズ・ホスピタルが1994年に合併して結成された。その後州内の医療施設を次々に併合して規模を拡大,同社が名門の威光と規模の巨大さに物を言わせて診療報酬をつり上げ,マサチューセッツ州における医療費高騰の原因をつくったとする厳しい批判を浴びたことは以前にも述べた通りである(註2)。

 わずか数年前まで医療費高騰の「主犯」扱いされてきたパートナーズ社が,一流学術誌に「コスト抑制」をテーマとした論説を寄稿する皮肉な展開となったのであるが,ここ2-3年,同社にとってコスト抑制は「社是」となった観がある。たとえば,同社が一般向けに発行する年次報告書は,毎年「最高・最先端の医療」を喧伝する内容がほとんどを占めたのであるが,2011年からは,同社におけるコスト抑制の努力がことさら強調されるようになっている。

 パートナーズ社がコスト抑制に励まざるを得なくなった最大の理由は,診療報酬支払い方式が,旧来の出来高払いからコスト抑制と連動したものへとシフトしたことにあった。コスト抑制に成功した場合は節約分の一部が収入に加算されて増収となるのに対し,失敗した場合は逆に減収となるようになったのである。しかも,診療報酬の支払いは質の良しあしとも連動した方式の保険契約が増え,「コストを減らした上で質も良くしなければ医療企業として生き残れない」という厳しい状況に追い込まれたのである。)

生き残りの道を「プライマリ・ケアの改革」に求めた意義

 今回の論文は,パートナーズ社におけるコスト抑制の努力を紹介するものだったが,注目されるのは,その努力がプライマリ・ケア領域に集中したことだった。同社は,プライマリ・ケア領域における医療供給体制の変革を「Population Health Management(PHM)」と名付けたが,PHMは主に二本の柱から構成された。第一の柱は,いわゆる「Patient-Centered Medical Home(PCMH)」(註3)への転換であり,患者との連携を強化しつつ,チーム医療の下,包括的ケアを提供する努力が展開された。

 第二の柱は「Integrated Care Management Program(ICMP)」であり,複数疾患を合併するなどの「高リスク」患者に対して統合的ケアを提供する体制作りがめざされた。具体的には,高リスク患者のケアを統合するための専従ケアマネジャーを雇い入れたのであるが,現在約70人のケアマネジャーが,一人当たり約200人の高リスク患者を受け持つ体制が構築されているという。ケアマネジャーを雇用する等の費用1に対し3の節約効果があったとされ,ICMPへの投資は特に大きなコスト抑制効果をもたらしたのだった。

 論文は「研究・教育の使命を果たすと同時にコスト抑制を達成することは可能」と結論づけたのであるが,三次・(4)次の高度先進医療を「売り」としてきた名門医療企業が,生き残りの道を「プライマリ・ケアの改革」に求めた事実は注目に値する。これからの学術的医療機関の在り方について,「医療そのものの高度先進化だけでなく,医療サービス提供体制の高度先進化をもめざすべきである」とする方向性が示されたのだった。

つづく

註1:Nabel EG, et al. Balancing AMCs' Missions and Health Care Costs――Mission Impossible? N Engl J Med. 2013 ; 369(11) : 994-6.ちなみに,副題の「Mission Impossible」は60年代後半から70年代初めに人気を呼んだテレビ番組「スパイ大作戦」のオリジナル・タイトルにちなんでいる。
註2本連載第231回(第2996号)第241回(第3019号)
註3:PCMHについてはいずれ項を改めて説明するが,基本的概念については,米国内科学会等4学会が作成した共同プリンシプルを参照されたい。
 http://www.aafp.org/dam/AAFP/documents/practice_management/pcmh/initiatives/PCMHJoint.pdf

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