医学界新聞

連載

2013.07.01

在宅医療モノ語り

第39話
語り手:橋を架けるオシゴトです お箸さん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「お箸」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


おっと,コレは渡し箸
渡し箸は嫌い箸の一つで,マナー違反です。器に橋を架けてはいけません。写真のお箸は,間にバネが挟んであって,利き手でなくても大丈夫。器はお食い始めのもの。そういえばお食い納めってないですね。……したくもないですね。
 無事に会を開催することができ,心より感謝申し上げます。ありがとうございました。最近よく見かけるフレーズなのですが,「本当に"無事"でいいのかな?」なんて考えてしまいます。6月9日に栃木で開催された市民講座は,「医療と暮らしに橋を架ける」がテーマでした。住民との対話を軸に,病院と地域,医療と福祉,日常と非日常,そして人と人に橋が架かったらいいなという願いが込められていました。会では多くの出会いがあって,対話があって,たくさんの橋が架かったような気がしました。これはある意味,無事ではなく,"事があった"ということではないでしょうか。人が集まれば,やっぱり無から有へと,何かが生まれると思うのです。

 ヒトゴトのように語る私も,ハシです。漢字のほうがわかりやすいでしょうか? 2本で対になった細長い棒の,あの「お箸」です。手に収まるサイズで,素材はやはり木材が多いでしょうか。在宅医療と関係あるのか,ですか? おおありですよ。"生きる"の根源,食べるための道具です。食べ物を挟んで食器からお口へと橋渡しするだけでなく,食べやすいように小さくしたりすることだってできるんです。

 私のような箸は,人の身体の機能を総合的に用いて,初めて使いこなすことができるようです。ザイタクには,何らかの病気や障がいのために,お箸を使えない方がたくさんいらっしゃいます。なかにはスプーンに置き換えている方もいますし,そうした方々のための自助具も多く開発されているのです。「お箸を使えるかどうか」。これが実は大きな機能評価になるのではないでしょうか。在宅医療において医師が行う仕事に「主治医意見書」作成があって,この書類が介護保険制度での要介護認定に使われています。「生活機能とサービスに関する意見」項目の中には栄養・食生活の評価もあるのですが,食事行為に関しては「自立ないし何とか自分で食べられる」と「全面介助」の二者択一が現状です。いろいろな状況の方がいることを考えると,もう少しきめ細かく聞いてもいい部分かなあ,と私なんかは思うのです。

 ところで,実は私,少し変わった使われ方をするお箸なんです。普段は,往診車のトランクの隅にある「エンゼルセット」の中に入っています。ふんどしのようなT字帯,水分を吸収する脱脂綿と,水分を弾くような油がついている青梅綿の2種類の綿球たちと一緒です。そう,私はさいごの看護といわれるエンゼルケア,つまり死後の処置に使う道具なんです。口腔,肛門などに綿を詰めるのが私の役割です。はじめに水分を吸収させるために脱脂綿を詰めて,最後に青梅綿でフタをするときに使われると聞きました。はい,すべてまた聞きです。というのも,診療所に勤めている私はめったに使われることがありません。エンゼルケアは訪問看護師さんや葬儀屋さんで対応されることが多いものですから,あくまで念のための存在として私がいるのです。だから往診鞄ではなく,往診車で待機しています。出番のない私は,生から死への橋渡しがうまく行くように,往診車の中でただただ祈っています。これもまた平穏"無事"に,というわけにはいかないのでしょうが,無事を祈らずにはいられないのです。

つづく

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