医学界新聞

連載

2013.08.19

在宅医療モノ語り

第40話
語り手:記録的にマックスで働いています エアコンさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「エアコン」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


気軽にエアコンは買えません
熱中症対策ではありますが,スポーツドリンクとは違って,気軽に「買ってきて」という訳にはいきません。手続き,お金,工事……と,いくつもの関門が待っています。お店に行くのも,商品を選ぶのも,ひと苦労です。

 記録的な猛暑。なんだか毎年そう言われているような気がしますが,今年の梅雨明けは本当にきつかったですね。

 私は往診車に搭載されているエアコンです。この時期の訪問診療は,私も人間もハードワークなんです。暑い車内をマックスでガンガン冷やしますが,15分も経たないうちに次のお宅に到着してスイッチオフ。そして運転手兼在宅医が診療を終えて帰ってきたら,また灼熱と化した車内を冷やすためにスイッチオンの繰り返し。「ちょっと,ガソリンの減りが早いんじゃない?」なんて文句を言われても困ります。人間だって水分を摂りまくっているじゃないですか。私にだってガソリンが必要なんです。……え,今度はコンビニに寄りたい? さてはトイレですね。早く帰ってきてください。あっという間に灼熱地獄になってしまいますよ。あー,また飲み物ですかあ。

 この夏,あるお宅に訪問した際,主人が汗だくになって車に戻ってきたことがありました。お部屋にエアコンがなかったそうです。でもこれは,栃木ではさほど珍しいことではありません。昔ながらの日本家屋は体に良さそうな風が入ってきます。しかし“現代風”の建物となると,涼を求めるには工夫が必要です。どうやらこのお宅は“現代風”で窓も全部閉めきっていて,熱がこもっていたようです。一人暮らしの男性のお家で,去年も熱中症で病院に搬送されたことがあり,認知症と診断されているとか。

 「暑くないですか?」と在宅医がたずねると,「暑くないよ,扇風機があるもの」と患者さん。確かに扇風機は風を作ってくれますが,部屋が暑くて熱風になっています。「ところで,あの水分は飲めていますか?」。“あの水分”とは,スポーツドリンクのこと。「飲んだら頭が痛くなって。もうやめているんだ」。やばい,すでに熱中症の症状かもしれない。主人はそう思ったそうです。

 今年の春に介護保険を申請し,ケアマネジャーさんをはじめ,看護師さん,ヘルパーさん等,多業種がこの患者さんにかかわるようになりました。在宅チームの共通の悩みは,やはり熱中症対策。ヘルパーさんがわざと窓を開けたまま帰ってみても,患者さんは戸締りが心配ですぐに窓を閉めきってしまいます。デイサービスに通うことを勧められたようですが,「留守中に何かあったら心配」と断られました。

 台所で,ヘルパーさんが焼きそばを作り始めました。その間も主人と患者さんの会話は続きます。「今年の夏は特別に暑いそうですよ。クーラーをつけるのはどうですか?」「おら,一人だぞ。一人のためにもったいねえ。昔から暑さには強いから」。ヘルパーさんが料理の手を止め,台所から氷の入った飲み物を持ってきてくれました。「氷が入っていると,余計に頭が痛いんだ」。ヘルパーさんに悪いと思ったのか,患者さんは小さな声で教えてくれました。

 「この部屋にエアコンがついたら,来てくださる皆さんも喜ばれるんじゃないかな」と主人もポロッと出てしまい,しまったと思って患者さんを見ると,なにやらうれしそうに「それはいいなあ。台所が暑いから気になっていたんだよ」。これにはヘルパーさんもにっこり。……と,まるで見てきたようにお話ししていますが,実はコレすべて盗み聞き。訪問を終え,車に戻ってきた主人が,私をマックスで稼働させながら携帯電話で話していた内容です。相手は遠くに住むご家族か,ケアマネさんでしょうか。重低音のうなり声を漏らしながら,私は静かに話を聞いていたのです。

つづく

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