医学界新聞

連載

2013.04.08

外来診療
次の一手

第13回】「昨日から下腹部が張って,苦しいんです……」

前野哲博(筑波大学附属病院 総合診療科教授)=監修
小曽根早知子(筑波大学附属病院 総合診療科)=執筆


3018号よりつづく

 本連載では,「情報を集めながら考える」外来特有の思考ロジックを体験してもらうため,病歴のオープニングに当たる短い情報のみを提示します。限られた情報からどこまで診断に迫れるか,そして最も効率的な「次の一手」は何か,ぜひ皆さんも考えてみてください。


【症例】Tさん 80歳男性

Tさん 「昨日から下腹部が張っていて,苦しいんです。強い痛みじゃないんだけど……」
Dr. M 「食事やトイレはどうですか?」
Tさん 「食事は食べられました。便は昨日出ました。尿はむしろ近くなりました」

バイタルサイン:体温36.4℃,血圧132/80 mmHg,脈拍82/分(整)。

⇒次の一手は?

■読み取る

この病歴から言えることは?

下腹部膨満感を訴える高齢男性の症例である。高齢というだけで,何らかの基礎疾患を抱えているかもしれない。腹部の症状では,原因となる臓器は腸管,肝胆膵,腎尿路,血管系など幅広い。「強い痛みではない」と言うが,この情報だけで重篤な疾患を除外できるわけではない。食事,排泄ができている点からは,消化管の完全閉塞などの病態は考えにくい。頻尿気味のようだが,高齢男性であり基礎疾患に前立腺肥大症はあるかもしれない。バイタルサインには特に異常はなさそうだ。

■考える

鑑別診断:「本命」と「対抗」に何を挙げる?

「本命=下部消化管病変」。便は出ており腸管の完全閉塞は考えにくいが,腸管の狭窄病変に伴う便秘,腹部膨満の可能性は残る。基礎疾患として,大腸癌などの除外は必要である。

 「対抗=尿閉」。尿は出ているというが,高齢男性で頻尿があることから前立腺肥大症に伴う尿閉の可能性はある。

 「大穴=上腸間膜動脈閉塞」。腹部膨満感というより強い腹痛を訴えることが多い疾患だが,基礎疾患によっては実際よりも軽症に見える可能性がある。高齢男性のため血管リスクが高い可能性もあり,除外はできない。

■作戦

ズバッと診断に迫るために,次の一手は?

「尿は本当にいつも通りの量が出ていますか?」

 患者の「尿は頻尿になっているけど出ている」を安易に「いつも通りに尿が出ている」と解釈してはいけない。尿閉に伴う溢流性尿失禁を,患者は「尿が出ている」と表現することがある。頻尿でもそれなりに尿量があるのか,それともチョロチョロずつしか出ていないのか,というところまで患者に確認する必要がある。もし一回あたりの尿量が保たれていれば,上記のような幅広い疾患を考えていけばよい。

その後

 患者の尿はチョロチョロずつしか出ていないとのことであった。腹部超音波で膀胱の緊満を認め,導尿にて約1 Lの残尿が確認され,導尿後に症状は消失した。前立腺肥大症に伴う尿閉・溢流性尿失禁と診断された。

■POINT

「尿が出ている」と言っても尿閉のことがある!

つづく

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