医学界新聞

連載

2013.02.04

在宅医療モノ語り

第34話
語り手:ウチとソトのフィルターです マスクさん

鶴岡優子
(つるかめ診療所)


前回からつづく

 在宅医療の現場にはいろいろな物語りが交錯している。患者を主人公に,同居家族や親戚,医療・介護スタッフ,近隣住民などが脇役となり,ザイタクは劇場になる。筆者もザイタク劇場の脇役のひとりであるが,往診鞄に特別な関心を持ち全国の医療機関を訪ね歩いている。往診鞄の中を覗き道具を見つめていると,道具(モノ)も何かを語っているようだ。今回の主役は「マスク」さん。さあ,何と語っているのだろうか?


 普段は私,感染予防とか花粉対策で使われています。この季節,よく見かけますでしょ? でも案外,世の中には「伊達マスク」というのもあるらしいです。例えば,顔の防寒対策,表情隠しもあれば,すっぴん隠しもあるのだとか。まあ伊達じゃなくてもマスクをするなら,化粧は控えてもらいたいですけど。バッチリつけた口紅が私ににじむ姿はちょっと,ねえ。

 在宅医療の業界でも,私たちマスク族はよく使われています。ええ,使い捨てのヤツです。色は病院さんや歯医者さんより,白の割合が高い気がします。ええ,単なるイメージです。数えたわけではありません。医療者がマスクを使う理由,それはもう第一に感染予防。自分の身を守ってはじめて働けるのだし,媒介者になることは許されません。確かに医療者がマスクをすることで,患者さんもご家族も,「我が家にウチに,細菌やウイルスを持ち込まれない」と安心される効能もあるようです。その他,お昼に食べたラーメンの口臭でご迷惑をかけたくない,という理由もあるかもしれませんが。

 患者さんやご家族がマスクをする場合もあるでしょう。もちろん,感染予防,花粉対策,すっぴん対策の場合もあるでしょうが,保湿のため,とおっしゃる方がいらっしゃいました。ベッドで寝たきりのおじいさんです。スキー帽をかぶり,お食事の時以外はマスクをされています。歴史を感じさせるお部屋での暖房です。すきま風に負けないようにがんがんストーブを炊き,ストーブの上のやかんも頑張って湯気を出していますが,それでも空気は乾燥しています。

 うちの診療所では感染予防,花粉対策以外にはマスクは使わないかな? 少なくとも夏にはほとんど使っていないですね。なんとなく声がこもって小さく聞こえにくくなるし,表情も読みにくくなる。コミュニケーションの邪魔になると思っているのでしょう。目は口ほどにモノを言うといいますが,口も口元も相当にモノを言っているのです。

 この前も私をめぐってこんなやりとりがありました。ステロイド服用中の患者さんの発熱の時でした。全身状態は悪化,水分も摂り難い様子です。良くなってきた褥瘡も一気に悪くなりました。感染のフォーカスは尿路系でしょうか? 採血の結果,白血球数は20000台,CRPも20ありました。他にも重症感染症の証拠がそろいました。入院がいいかな? 主治医も家族もそう思っていましたが,本人は「ここにいたい。死んでもいいから。病院は絶対にいや」。自宅で仕事をしながら介護をしてきた息子さんは困ってしまいました。

写真 家庭内ICUの出入口に
玄関の上がり框にマスクの箱がぽつんと置かれていました。息子さんがさんざん悩んで考えて,このメモをつけられたんだなあ,と想像します。主治医は今までしていた私を外し,新しいモノに変えました。
 患者さんを真ん中に,家族,主治医,訪問看護師,ケアマネが集まって相談しました。最終的には,「よおし,わかりました。在宅医療で頑張りましょう」という結論でした。その後,医者か看護師が毎日,ウチに入りました。患者さんは私をつけて,「ソトにはどんなバイキンがいるかわからないからね」とおっしゃっていました。息子さんも私をつけてお仕事されていました。連日訪問2日目のことです。玄関に入ると私が箱で用意されていました。

 箱に貼られたメモ(写真)の言い回しに,私はなんだか胸が熱くなりました。「あなたが悪いんじゃない,汚いんじゃない,けどソトの汚れをウチに持ち込みたくない気持ちはわかってほしい」。そういうメッセージを受け取った気がしました。息子さんは一晩にして家庭内ICUを作られたのです。私はそのとき誓いました。ソトからもウチからもいいものだけを違う世界に持ち込もう,立派なフィルターになろう,と。

つづく

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