医学界新聞

連載

2012.12.10

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第235回

「最先端」医療費抑制策
マサチューセッツ州の試み(5)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3004号よりつづく

 前回までのあらすじ:2008年,ボストン・グローブ紙は,「マサチューセッツ州医療界で強大な力を振るうパートナーズ社が州全体の医療費を押し上げている」とするキャンペーンを展開した。


 以前にも述べたように,1994年にハーバード系の二大名門病院,マサチューセッツ・ジェネラル・ホスピタルとブリガム&ウィメンズ・ホスピタルがパートナーズ社を結成した第一の目的は,合併によって重複する部門をそぎ落とし,「コスト節減」を達成することにあった。ところが,パートナーズ社は巨大医療企業として急成長,強大な価格交渉力を獲得して割高の診療報酬を要求するようになった。当初の目的とは正反対に,州全体の医療費を押し上げる存在になったのだから,これほど皮肉な話もなかった。

総検事局による実態調査

 ボストン・グローブ(以下,グローブ)紙の反パートナーズ・キャンペーンには,関係者しか知り得ない内部情報がふんだんに引用された。特に,パートナーズ社にとってダメージが大きかったのは,州最大の保険会社,ブルークロス社との間に「優遇価格保証」の密約を結んでいた事実が暴露されたことだった。

 折しも,マサチューセッツ州では,2006年に低所得者の保険購入に対する財政支援および州民に対する保険加入義務付けを柱とする医療保険制度改革を断行,医療費抑制が喫緊の課題となっていた。2008年8月には,「良質な医療サービスを提供するに際し,コストを抑制し,効率と透明性を高めるための法律」(以下,「コスト・効率・透明性法」)を制定したばかりであったし,医療費抑制の具体策について,これから議論を始めようとしていた時期に,グローブ紙のキャンペーンが開始されたのである。

 州最大の医療企業であるパートナーズ社と,同じく州最大の保険会社であるブルークロス社の間の「談合」疑惑について,真っ先に調査に乗り出したのは,州総検事局だった。独占禁止法違反の容疑で犯罪捜査に入るとともに,マサチューセッツ州における診療報酬支払い制度の現状について徹底した調査が開始された。保険会社・病院等に対して内部資料の提出を求めたり,関係者の証言を求めたり,「強制捜査権」が発動されるなか,診療報酬支払い制度の実態についてメスが入れられた。

診療報酬制度の抜本改革へ

 グローブ紙のキャンペーンから約1年が経った2010年1月,総検事局が調査中間報告を発表した。サービス提供者間の価格差の大きさがデータとして示され,グローブ紙の反パートナーズ・キャンペーンの内容が司直の手によって再確認されることとなったのである。以下,総検事局調査結果の大略を紹介する。

1)保険会社が支払う診療報酬は病院・医師グループの間で大きな差があり,その差は,地域差で説明できるものではなかった。
2)価格差は,質,患者の重症度,公的保険患者の割合,教育・研究施設であるか否か,の違いで説明できるものではなかった。
3)価格差は,価格交渉力の差と相関していた。
4)マサチューセッツ州における医療費増の主因は,医療サービスのボリューム増ではなく,医療サービス価格の単価上昇であった。
5)医療保険市場は,不適切な契約慣行等の影響により歪められ,サービス価格の不平等を助長している。

 以上の所見に基づき,総検事局は (1)サービス供給者と保険会社との間の契約が公平性を損なわないように規制を強化する,(2)医療サービスの価格が,品質等の「価値」に基づいて決められる診療報酬支払い制度を構築する,(3)「価値に基づく購買」を促進するために,診療報酬支払い制度の標準化と透明性向上を増進する,等の対策を勧告した。

 さらに,2008年に制定された「コスト・効率・透明性法」の下,州政府内に新たに設立された「医療財政政策局」が「医療費動向調査」を実施,行政も診療報酬制度改革に本腰を入れ始めた。2010年に同局がまとめた最終報告では,(1)「効率性」を高めるための新たなる医療サービス供給体制の構築,(2)「質の向上」を促す新たな診療報酬支払い制度の構築等がうたわれ,マサチューセッツ州における診療報酬制度抜本改革に向けた動きは,一気に流れが加速した。

 以上,グローブ紙の反パートナーズ・キャンペーンがもたらした影響について概観したが,いま,当時の状況を振り返って私が感心するのは,州当局が診療報酬制度の抜本的改革に動き始めた矢先にキャンペーンが開始された「タイミングの絶妙さ」である。診療報酬制度改革を実際に担当した人々が,グローブ紙取材班と連携していたのかどうかは想像をめぐらす以外にないが,もし,そうだったとしたら,州医療界にあって絶大な権勢を振るうパートナーズ社を「既存制度の下で甘い汁を吸い,州全体の医療費を押し上げている」と攻撃した作戦は,極めて高い戦果を挙げることとなった。診療報酬制度改革の必要性を州民に納得させただけでなく,パートナーズ社による「抵抗」の芽をあらかじめ摘むことに成功したからである。

この項つづく

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