看護界の異変(井部俊子)
連載
2012.05.28
看護のアジェンダ | |
看護・医療界の"いま"を見つめ直し,読み解き, 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。 | |
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井部俊子 聖路加看護大学学長 |
(前回よりつづく)
新年度がスタートした。先日お会いした病院長は,「いやー,看護師がいない。看護師の募集に苦労しています」と嘆く。ほかの病院の看護部長によると,今年は異変が起きているという。新採用者に占める新卒者の割合が例年になく少なく,既卒者の割合が大きくなっているというのである。
離職率は減少傾向,給与は大幅な改善なし
日本看護協会の「2011年病院看護実態調査」結果速報1)によると,回答病院(N=2619)の看護職員離職率平均(常勤看護職員)は11.0%であった。過去6年間のデータをみると,12.3%(2005年度),12.4%(2006年度),12.6%(2007年度),11.9%(2008年度),11.2%(2009年度),11.0%(2010年度)と,離職率は減少傾向にある。今回,新たに通算経験3年,5年,7年の看護職員の離職率を調査しているが,それによると,通算経験3年の看護職員離職率は12.8%,通算経験5年では12.6%と,看護職員全体よりも高くなっている。通算経験7年では10.6%であった。
一方,新卒看護職員の離職率をみると,全国平均は8.1%であった。過去6年間のデータをみると,9.3%(2005年度),9.2%(2006年度),9.2%(2007年度),8.9%(2008年度),8.6%(2009年度),8.1%(2010年度)と,離職率は減少傾向にある。
看護職員離職率を病床規模別でみると,最も低いのは300-399床の9.8%(新卒6.8%)であった。都道府県別(東日本大震災の影響を考慮し,岩手県・宮城県・福島県は除外)では,東京都(14.6%),大阪府(13.7%),佐賀県(13.7%),兵庫県(13.4%),神奈川県(13.0%),沖縄県(13.1%)が常勤看護職員の離職率13%を超えていた。一方,常勤看護職員の離職率が最も低いのは,秋田県(5.6%)であり,次いで,島根県(6.1%),富山県(6.3%),山形県(6.4%),青森県(6.8%)は離職率6%台であった。
さらに,労働条件に関する調査結果では,看護職員の平均年間所定休日総数が115.1日のところ,100日未満しか休暇を取れていない病院が7.5%あった。看護職員の月額基本給与額をみると,大卒では20万4281円,勤続10年では24万4718円であり,前年度調査(それぞれ20万2567円,24万3037円)とほぼ横ばいであった。夜勤手当(夜間割増し分を除く定額分)のうち,2交代制夜勤手当の平均は1万1276円であり,前年度(1万745円)からわずかに上昇した。「育児との両立などで夜勤の減免対象となる職員が増え,夜勤者の確保が難しくなるなか,各病院では夜勤手当の見直しがわずかながら始められたことが考えられます」と日本看護協会はコメントしている。
また,2010年度に1か月以上の長期病気休暇を取得した常勤看護職員数は7483人であり,そのうちメンタルヘルス不調者(診断書あり)は2669人(35.7%)であった。この数字は常勤者職員全体の0.8%を占め,一般労働者の0.3%(2007年度「労働者健康状況調査」)を上回っている。
景気に左右される看護師の需給
看護師不足は世界的な問題とされてきたが,異変が起きている。米国では,常勤で働く看護師数は2005年から2010年の5年間で38万6000人増加し,過去40年を5年ごとに区切って比較すると,同期間の増加数が最大であった。一方で,この期間の失業率は5.1%から9.6%に悪化しており,看護師の増加分の約3分の1はこういった労働市場の状況を反映しているという2)。景気の悪化により,個人あるいは家族の生計を立てる必要が生じたため,復職する看護師が増えているとみられる。なお,景気回復やベビーブーマーの退職,医療ニーズの増大によって,再び看護師不足が表面化する見通しであるという。
このように,看護師の需給は景気動向や失業率などさまざまな要因が影響を与えるため,看護政策を議論する際には,看護・医療界のみならず,ほかの産業分野についても考慮し,異変を察知する必要がある。米国が看護師不足対策として1997年に開始したNational Sample Survey of Registered Nurses(NSSRN)のような,大規模データの必要性も指摘されている3)。
(つづく)
◆参考文献・資料
1)日本看護協会プレスリリース(2012年2月22日)
2)Staiger D. O. et al. Registered nurse labor supply and the recession-Are we in a bubble?. N Engl J Med. 2012; 366(16):1463-5.
3)兪 炳匡,他.看護政策研究に大規模データがなぜ必要なのか.看護管理.2012; 22(4):333-7.
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