医学界新聞

連載

2011.12.05

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第20回】
QT延長で学ぶ微分積分(後編)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 後編では,QT延長症候群(LQT)の考え方をさらに進めます。進めていくと,分子生物学の進歩が循環器疾患,特に心筋症の理解を根底から変えてしまったことを実感できると思います。

先天性のQT延長

 では,実際に接線法や一次微分を駆使してQTを計測し,脈拍数で補正し,いよいよQTが本当に延長していることがわかったとしましょう。そこからはどうすればよいのでしょうか?

 薬剤性であれば,当然原因となった薬剤を中止します(どんな薬でも半減期の5倍くらいの時間が経てばその影響は抜けます)。前回も述べたとおり,QT延長を起こす薬剤はそれこそ数限りなく存在する(200品目以上)ので,基本的にQT延長の心電図を見つけたときにまず患者さんに聞くのは,

「どんなお薬を使っていますか?」

ということなります。

 しかし,中には薬剤でも電解質の影響でもなく,先天的にQTが延長している方々もいます。国試にJervell and Lange-Nielsen症候群(難聴あり)とかRomano-Ward症候群(難聴なし)として出てきたアレです。当時は家族性に失神や突然死を来す「症候群」として恐れられていましたが,現在,こうした古典的なLQTの背景には,Kチャネルの遺伝子(KCNQ1)の変異があることがわかっています。このKチャネルは,内耳リンパ管へのK供給にも関係するので,その機能不全があると難聴になることもあるわけです(なるほど!)。

QT延長を司る遺伝子

 この先天性のQT延長症候群。決して珍しい疾患ではなく,幼少期に「ヒステリー反応」や「てんかん」と誤診されていることもあります。「原因不明」とされていた心臓突然死の約10%はQT延長に由来するというデータもあり,侮れません。ですが,QT延長のすべてがKCNQ1の異常に由来するわけではなく,この15年ほどでQT延長に関連する突然変異は実は300以上存在することが判明しています。そして,そのうちほとんどがLQT1(11p15.5 ; KCNQ1),LQT2(7q35-36 ; KCNH2)とLQT3(3p24-21 ; SCN5A)という3タイプに分類されることがわかってきました(表1図1)。

表1 LQTのタイプ


図1 LQTのタイプ別のT波の形状

 これらの遺伝子が管理しているのはNaチャネルやKチャネルです。図2に示されるように,(1)心筋の活動電位で脱分極をつかさどるのはNaチャネル,(2)その後のプラトー相をつかさどるのはCaチャネル,そして(3)再分極をつかさどるのはさまざまなKチャネルになりますから,Kチャネルの機能が心内膜側と心外膜側で微妙に食い違ったりしていればQTが伸びることはある程度想像できるかと思います(心電図は基本的には心外膜と心内膜の活動電位の電位差を見ていることをお忘れなく!)。

図2 心筋活動電位と電解質の関係

心電図か? 遺伝子か?

 もう少し突っ込んで考えてみましょう。QTが延びているのはこうした遺...

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