医学界新聞

連載

2012.01.09

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第21回】
なぜ,不整脈は起こるのか?

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


そもそも生物とは?

 生物は,複製可能な遺伝情報(染色体,つまり遺伝子のカタマリ)を細胞というハコに閉じ込めることに成功しました。そして,高性能な脂質二重膜を通して,電解質や糖・蛋白質といったエネルギー源をやり取りしながら,順調に増殖を繰り返していました。こうしてしばらくは(ほんの15億年ほど)ただ海を漂っていたのですが,あまりにも無防備と思ったのか,それとも進化の宿命だったのか,あるとき陸をめざすようになりました。そのために「腎臓」が発明され,「海」を細胞外液として身にまとった両生類が約4億年前に上陸を果たしました()。

 地球カレンダー(地球の歴史を1年間で置き換える)
1月1日 46億年前 地球誕生
2月9日 40億年前 原始の海の中で蛋白質や核酸が生まれる
3月29日 35億年前 光合成するバクテリアが生まれる
7月10日 22億年前 細胞核を持つ真核生物が生まれる
11月23日 5億年前 魚類が出現
11月29日 4億年前 両生類が出現し,陸に上がる
12月3日   爬虫類が分化する
12月13日 3億年前 最初の哺乳類が登場
12月31日
23時37分
1万年前 人類(ホモ・サピエンス)誕生
12月31日
23時58分
300年前 産業革命

 その「海」は,そのままでは電解質や蛋白質による膠質浸透圧のバランスを保てず濁ってしまうので,定期的に中身を入れ替える必要があります。そのとき,ポンプとしての役割を果たしたのが心臓です。心臓と脈管は,肺や腸から酸素や蛋白質などを取り込んで,新鮮な「海水」として各臓器のすみずみの細胞にまで行き渡らせ,しかるべき細胞活動の後に濁ってしまった水を回収する役割を,人類に至るまで果たしています。

生物の進化をなぞる心臓の発生

 解剖の授業等々で,苦労して勉強してきた「発生」ですが,端的に言えば上記の生物の40億年近い進化の過程を,受精卵が約10か月でなぞるプロセスといってよいと思います。心臓を例に,その段階を追ってみましょう。

(1)まず発生第3週終わりごろに原始心筒ができます。この心筒は4つの腔に分割され,心房,心室,心球と動脈管の原型が出来上がります。

(2)次にこの心筒がループを形成します。これは魚類の心臓とほぼ同じ,一心房一心室の状態です(えらで酸素交換するので,心臓は静脈血しか流れていない)。

(3)ループ形成の後で心房が分割されると,もう少し心臓らしくなってきます。両生類の心臓と同じ形態ですが,心室で肺からの動脈血と全身からの静脈血が混じり合うので,ポンプとしての効率は悪いままです。

(4)ループ形成後には,心室の中の区切りが形成されます。下の図のように不完全ながら心室中隔が存在するのが爬虫類の心臓です。

(5)心房も心室も完全に区切られるのが完成した哺乳類の心臓です。動脈血と静脈血が完全に区別され,心臓のポンプとしての効率は最大です。

先天性心疾患についてひと言だけ

 少し脇道にそれますが,心室中隔の形成がうまくいかない場合,心室中隔欠損となります。これは生物の進化のなかでも最終段階で完成したものなので,まだ遺伝的なプログラムミスが多いのか,先天性心疾患の中で最も多く見られます。

 次いで多く見られるのが心房の中隔欠損です。どうも生物学的に中隔をうまく形成することは大仕事だったようです。このほかループを形成時に,最後のヒネリがうまくいかないとファロー四徴症になります。これもよく見かける先天性心疾患です(図1)。

図1 ファロー四徴症の心臓の模式図
ループを形成した心筒の心室の部分は最後にヒネリを入れて心房とドッキングしますが,その際に回転が不十分だと,(1)大動脈が右室側に乗っかり,(2)相対的に右室の流出路が狭くなります。すると(3)右室肥大を来し,さらに(4)心室中隔の形成もうまくいかなくなり,ファロー四徴症となります。

なぜ,不整脈は起こるのか?

 さて今回は,「なぜ不整脈は起こるか」という話でした。実は,いろいろなタイプの不整脈が原始心筒の4つの構造の境目を源としています。どうも発生学的に心筋細胞が別の組織と混ざってしまうと具合が悪いようです。

 一番わかりやすいのは,心房と心室の境目が入り組んでしまっている場合ですが,これは副伝導路の形成により心房の興奮が直接心室に伝わってしまい,WPW症候群となります。また,もともと別組織であった心球と呼ばれる部分は右室の流出路を形成しますが,この部分に他の部分の心筋細胞が混ざってくると特発性の心室頻拍,いわゆるRVOT-VT(right ventricular outflow tract ventricular tachycardia)という若年者に多い特異な心室頻拍を来します(図2)。

図2 RVOT-VTの心電図
矢印の心拍がVTですが,まずV<sub>1</sub>誘導で左脚ブロック波形,そしてIIとIII誘導で下方軸の部分が普通のVTと違います。このタイプのVTは非常によくベラパミルやβ遮断薬が効き,さらに多くの場合,カテーテルアブレーション治療によって根治できます。

 また,連載第8回(2907号)でも取り上げましたが,心房細動の起源は肺静脈に巻きついた心房の心筋細胞です。この巻きついた心筋細胞が,自発的な信号をピコピコと密かに出し続けているために心房細動が起こりますが,これもやはり発生学的な境目からの不整脈です。こうした解剖学的な不整脈の発生機序の理解はカテーテルによる電気生理学検査やアブレーション(焼灼療法)から理解が大きく進みました。

 今回参考とした文献1は,さらに細かい部分にまで踏み込んでいるので,興味のある方はぜひご一読下さい。

 意外と奥の深い不整脈の発生起源の話でしたが,いかがでしたか? この連載も残すところ3回の予定ですが,なるべく幅広く心電図の話題を提供していきたいと思います。

POINT

●心臓の発生は,ループ形成から心室の中隔まで生物進化をなぞっている。
●発生学的に異なる部位の境目は不整脈の起源となりやすい。
●現在はこうしたタイプの不整脈に対し,カテーテルアブレーションによる治療が用いられている。

つづく

参考文献
1)井川修.臨床心臓構造学.医学書院;2011.

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