医学界新聞

連載

2011.11.07

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第19回】
QT延長で学ぶ微分積分(前編)

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 大学受験の勉強をしていたはるか遠いむかし,

「数学が実生活で役に立つ日が来るのだろうか?」

と厭世的に思っていましたが(誰でも一度は考えると思います),どうやらついに役に立つ日が訪れたようです。

それはデカルトから始まった

 「我思う,ゆえに我あり」という言葉で有名なフランスの哲学者ルネ・デカルトですが,彼は優れた数学者でもありました。

といった数式の表記で,a, b, cを定数に,x, y, zを未知数に当てることを決めたのはこのデカルトです。

 さて,数学においてデカルトが残した最大の功績が,中学数学で習う座標平面です。実はこれ,「デカルト平面」と呼ばれるものらしいですが,筆者も心電図を学び始めてから初めて知りました。そのデカルトが曲線を表記するために,円の中心をO(オー)として,円周上の点をしばしばそこからP,Q,R,……と当てていきました。そのために心電図の最初の波の名前はP波となり,そこからQ,R,S,Tと続くようになったようです(文献1)。心電図を発明したアイントーベンには数学的な素養があったみたいですね。

 余談ですが,デカルトはこの方法ですべての曲線を規定しようと試みましたが,個人的にかなり苦行じみたやり方だと思います。興味のある方“だけ”図1を参照ください。なお,本文の内容とは全く関係ありません。

図1 デカルトの曲線の規定方法
例えばOからCへの曲線を規定しようとするときに,X軸上の任意の点Pを中心とする円を描き,その曲線に接するようなPを算出します(図ではCとEが交点として存在しますが,これが一点になるようなP点を探します)。この方法では,ある程度単純な曲線なら規定できるのですが,らせんや指数関数などで規定される複雑な曲線の記述はなかなかうまくいきません。

閑話休題

 心電図の波形の名前に数学が使われていたというだけで本稿の話は終わりません。心電図の曲線そのものにも現代数学のエトスを当てはめることはできます。その代表格が,「QT延長をどこで測るのか」ということになると思います。ここから順番にみていきましょう。

人はなぜQTを“測る”のか?

 それは「そこにQTがあるから」というような,叙情的かつ格調高い理由があるからではありません。散文的かつ極めて現実的に,“QTの長さ”はヒトの目を欺きやすいからです。文献データからみても,一般の医師がQT間隔を正しく判断できる確率は40%以下,循環器内科医ですらQT延長を正しく判断できる確率は50%以下と言われています(ただし,不整脈を専門としている場合は80%程度まで上がります,文献2)。これは,まず第1にどこでQTが終わるのかがわかりにくい,そして第2に脈拍数によってそのカットオフ値が変化する,...

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