Science, Dilemma, and Art―虚弱高齢者の抗凝固療法(大蔵暢)
連載
2011.11.14
高齢者を包括的に診る
老年医学のエッセンス
【その11】
Science, Dilemma, and Art――虚弱高齢者の抗凝固療法
大蔵暢(医療法人社団愛和会 馬事公苑クリニック)
(前回よりつづく)
高齢化が急速に進む日本社会。慢性疾患や老年症候群が複雑に絡み合って虚弱化した高齢者の診療には,幅広い知識と臨床推論能力,患者や家族とのコミュニケーション能力,さらにはチーム医療におけるリーダーシップなど,医師としての総合力が求められます。不可逆的な「老衰」プロセスをたどる高齢者の身体を継続的・包括的に評価し,より楽しく充実した毎日を過ごせるようマネジメントする――そんな老年医学の魅力を,本連載でお伝えしていきます。
【症例】 某国立大学の機械工学の教授だった81歳の小柄な高齢男性Yさんには,胸腰椎圧迫骨折による強い円背があり,年齢以上に弱々しく見えた。ただ虚弱な外見のわりには認知機能は比較的保たれており,変に理屈っぽいところが元大学教授を感じさせた。独身で子どももいないYさんは,独居が困難になった数年前から介護付有料老人ホームに入居しており,弟夫婦が時折訪問していた。Yさんには高血圧と慢性心房細動があり,血栓塞栓症予防のためにワルファリンを服用していたが,納豆を食べられないことと頻回の採血に,いつも不満を漏らしていた。 |
加齢に伴い発生率が増加する心房細動は,血栓塞栓症,特に脳塞栓症の大きな危険因子である。現在ガイドラインでは,リスクを減少させる治療法として抗凝固療法や抗血小板療法が推奨されているが,副作用の点から,虚弱高齢者への適用には消極的な意見も多い。今回は,虚弱高齢者の抗凝固療法にまつわるさまざまな問題点を議論する。
抗凝固療法のbenefitとrisk
心房細動患者の脳血栓塞栓症リスクを推測する方法として,CHADS2(註1,JAMA. 2001[PMID:11401607])がよく利用されている。75歳以上であることと高血圧の既往があることからYさんのCHADS2スコアは2点であり,一年間に脳血栓塞栓症を起こす確率は2.5%と予測された。ワルファリンによる抗凝固療法は,この血栓塞栓症リスクを1.3%まで低下させ得るらしい(JAMA. 2003[PMID:14645310])。これらのリスクの大きさや薬の効果の臨床的有意性については,意見の分かれるところだろう。
一方,抗凝固療法には出血性合併症がつきものだが,そのリスクはどれほどだろうか? HAS-BLEDスコア(註2)を用いると,YさんのスコアはCHADS2と同じく2点で,一年間に大きな出血性合併症を起こす確率は1.9%と予測された(Am J Med. 2011[PMID:20887966])。
ここで,これらの2つのリスク予測モデルを見比べると,高齢や高血圧,脳血管障害の既往など共通の従属変数が多いことに気付く。このことは,脳血栓塞栓症のリスクが高い虚弱高齢者は抗凝固療法の恩恵が大きい一方,合併症を被るリスクも大きいことを意味し,ここでも高齢者診療におけるジレンマ(Geriatric dilemma)に遭遇する。
【症例続き】 ある日Yさんが転倒し,右肩に大きな紫斑ができた。Yさんとキーパーソンである弟夫婦,医療チームで前述のエビデンスや転倒リスクについて相談した結果,抗凝固療法を中止することにした。Yさんは「これで納豆が食べれる」と喜んだ。しかし1年後のある日,起床時に呂律回り不良と右上肢の脱力を認めたため,病院に緊急搬送。2週間後,一過性脳虚血発作(TIA) |
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