医学界新聞

連載

2011.07.11

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第15回】
心電図のレッドゾーン"ST上昇"(その3)
スパズムはこの世に存在しない!?

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の"ナマの知識"をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 筆者はとても狭量であることを,まず告白せねばなりません。

 あるとき胸痛でSTも上昇している方に遭遇しました(心電図(1))。

 この方は,胸痛の軽快とともに心電図変化も正常化(心電図(2))し,念のため行った冠動脈造影もクリーンで血栓も何もありませんでした。

担当の研修医曰く,

「これはスパズムですかね」

往時の病棟医長曰く,

「そうだね,スパズムだね」

筆者曰く,

「スパズムなど存在しませんよ」

 この躊躇ない発言で思わずカンファレンスの時間を止めてしまいました。

 一般的にスパズムというのは冠動脈攣縮による狭心症(vasospastic angina ; VSA)を指し,日本の教科書では異型狭心症として必ず登場し医師国家試験にも出題されています。その特徴は,

(1) 喫煙者に多い
(2) 血管内皮機能が障害され,過収縮する
(3) 一酸化窒素合成酵素(eNOS)の遺伝子多型も関係
(4) アセチルコリンの冠動脈注入で誘発(カテーテル検査)
(5) 硝酸薬・カルシウム拮抗薬で治療

 ですが(文献1),米国から戻ったばかりの当時の筆者はスパズム症例を本当に一例たりとも経験していませんでした。いや,一例だけ経験していましたが,それは移植症例で除神経された心臓だったので,ノーカウントです。

どういうことでしょうか?

 人種の違い,食ベ物の違いですか? 確かに虚血性心疾患の有病率には数倍の開きがあり,米国の死因No. 1は圧倒的に心筋梗塞です。しかし,それだけでは説明がつかないほどのギャップではないでしょうか? だいたい10年間米国にいて(内科・循環器の研修の7年を含む)循環器の代表的症例を「一例も経験しない」というのは問題です。国試に通りません。

カテーテルか? 核医学検査か?

 このVSAの経験の差は,胸痛症例に対するアプローチの違いを物語るものではないかと筆者は考えます。胸痛で虚血性心疾患が疑われた場合に日本で一番手軽に行われる検査は,ハッキリ言ってカテーテル検査です。他科に頭を下げる必要もなく(くどいようですが循環器内科医はプライドが高いのです),カテーテル室さえ空いていれば循環器内科単独で行うことができ,待ち時間もおそらく最短です。その流れで冠動脈を造影し何もなかったら,「症状があるのにこれはおかしい」ということになりませんか? すると,「アセチルコリンを打ち込んで誘発してみよう,ほらスパズムだった」ということになりがちです。

 一方米国では,虚血性心疾患疑いの患者さんがあまりにも多いなか循環器専門医は少なく,事情は日本と大きく異なります。すべての患者さんにカテーテルはできませんし,万が一合併症が起こったときの訴訟リスクも半端ではないので,侵襲的な手技を行うにはそれなりの理由が必要です。そこで,ほとんどの症例で先行して核医学検査が行われます(図1)。そこで安静時と負荷時のミスマッチが......

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