心電図のレッドゾーン“ST 上昇”(その4)本当は怖い右脚ブロック(香坂俊)
連載
2011.08.08
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第16回】
心電図のレッドゾーン“ST上昇”(その4)
本当は怖い右脚ブロック
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
循環器疾患に切っても切れないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。
そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?
脚ブロックは以前も扱いました。QRS間隔が120 msec以上で「割れている(wide)」と定義するだの(第4回,2890号),健康診断で多く見られるが病気に昇格できないだの(第5回,2894号)といった話題を覚えている方も多いと思います。
secondaryかprimaryか?
さて,あまり知られていませんが,この脚ブロックも二次性のST変化(secondary ST change)を起こします。これはブロックを起こしたQRSの最後の成分と反対方向にSTが動くというものです。
例えば左脚ブロックの場合,V1誘導ではQRSがV字型をしているのでST部分は上側に,V6誘導はM字型のため下側にシフトします。理屈はさておき,このような現象が存在することは知っておいて損はありません。例えば,脚ブロックが存在する患者さんの虚血性心疾患の診断に難渋したことはありませんか?
右脚ブロックは非常に頻度の高い心電図変化です(年齢にもよりますが全人口の1%程度)。左脚ブロックも高齢化に伴ってみかけることが多くなっています(同じく全人口の1%以下ですが,80代では5%程度)。虚血が原因でSTが変化している場合は,「primary(一次性)にSTが変化している」と言いますが,脚ブロックの患者さんが胸部症状を訴えて心電図をとった場合,そのST変化はprimaryなのか,secondaryなのかが問題です(メモ1)。
concordantかdiscordantか?
結論から言うと,secondary ST changeのようにQRSの最後の成分と反対側に変化していない,つまり同じ方向に変化しているケースをprimaryととらえます。実例をみてみましょう。
例によってV1誘導ですが,左脚ブロックです。STはそんなに変化していないのですが,QRSの最後の成分とST変化が同じ方向です。よってこれはprimaryなST変化であり,多くの場合急性心筋梗塞,すなわちSTEMI同等(STEMI equivalent)ととらえます。
英語の注釈が多くなってしまいますが,同じ方向に動くことをconcordant,別の方向に動いてしまうことをdiscordantと言います。この症例はconcordantなST変化を示しているので,primaryと考えられるということです。ちなみに,STの偏位がout of proportion(釣り合いが取れないほど外れている)のようなケースもprimaryととらえます。例えば左脚ブロックなら5 mm以上変化していれば,discordantであってもSTEMI同等です。
Brugada型心電図の恐怖
いよいよ本題です。これまで述べてきたような基礎知識を持って図の心電図を見てください。これは先日産業医の友人から相談を受けた一枚です。最近は,こうした相談のメールに直接心電図がPDFでついてきたりするので,逃げられません(トル)とても便利です。
図 産業医の友人から相談を受けた一枚 |
この心電図のST部分を見てみると,concordantでありprimaryなST変化ではないかと心配されます。そして,右脚ブロックにST上昇とくれば,Brugada型心電図が頭をかすめませんか? このBrugada型心電図の発見は,予後が良いと思っていた右脚ブロックでも実は突然死の可能性が高い人が混じっているらしいということを喧伝し,世の内科医たちを恐怖に陥れました。
さて,「Brugada(ブルガダ)」は四文字の中に濁音が三つも入っていて,とても耳に残ります。まるでどこぞのメーカーの新薬の名前のようですが,実は発見したスペインの循環器内科医一家の姓に由来しています。問題はこのBrugada型心電図が,突然死と強く関連しているということです。
Brugada型心電図の特徴 ・右脚ブロックでV1-3にST上昇 ・青壮年期の男性,欧米よりも日本で多い ・Naチャネルの異常(SCN5A遺伝子) ・「ポックリ」(Pokkuri disease;夜間苦悶様呼吸後の突然死)の原因 |
件の産業医の危惧もその一点にありました。この心電図はBrugadaなのか? そうではないのか?
CovedとSaddleback
ここではまず,Brugada型心電図を整理してみましょう。当初提唱されたBrugada型心電図は次の(1)のような心電図のものでした。これをCoved型と呼びます[斜めに急峻に下降して陰性T波に移行し,cove(入り江)のようなカタチ]。今回の心電図は,Covedではなく,(2)のようなカタチをしています。こちらはSaddleback型と呼ばれます(馬の鞍のようなカタチ)。
突然死と関連しているのはCoved型の心電図変化です(メモ2)。今回の産業医の先生の心電図はSaddleback型なので,少し安心することができそうです。
ただし,Saddleback型でも失神の既往と突然死家族歴がある場合には誘発を行います。具体的には,胸部誘導の肋間を一つ上にずらしたり,Icの抗不整脈薬(フレカイニドやピルジカイニド)を投与するのですが,たまにこうした誘発によってSaddelback型がCoved型に変化をすることがあり,そうした場合は,治療方針を積極的なものに変更する必要が出てきます(植込み型除細動器を考慮するなど)。
そうしたわけで,今回の正確なタイトルは「本当は怖い“こともある”右脚ブロック」でした。今回は英単語を多用し,多少スノッブな感じのする稿となってしまいましたが,どうかご容赦ください。
POINT●二次性のST変化はQRSの最後の成分と反対側(discordant)。 |
●二次性のST変化の原因(伝導障害などによる心室の電気的活動の変化の結果としてSTが偏位) ●一次性のST変化の原因(心室の電気的活動と関係なくSTが偏位) |
Coved型のBrugada型心電図変化は,以下の4項目のいずれかを満たす場合,突然死のリスクが高い「Brugada症候群」として扱います。多くは植込み型除細動器の適応となります。
(1)心室細動や心室頻拍の既往がある |
(つづく)
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