組織ルーティンの学習(1)(武村雪絵)
連載
2011.06.27
看護師のキャリア発達支援
組織と個人,2つの未来をみつめて
【第3回】
組織ルーティンの学習(1)
武村雪絵(東京大学医科学研究所附属病院看護部長)
(前回よりつづく)
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
6年間のフィールドワークで出会った「突き抜けた柔軟さ」を持つ看護師たち。彼女たちの行動やインタビューを分析した結果,彼女たちには「そのときその場の状況に応じて,幅広い選択肢から患者アウトカムに資すると判断する行動を選択する柔軟な実行力」と,「自分や組織にとっての“当たり前”を見直し,新しい実践や意味をもたらす柔軟な思考力」が備わっているとわかった。私はこの力を「しなやかさ」と呼ぶことにした(図1)。
図1 「しなやかさ」の概念 |
「しなやかさ」をもたらす4つの変化
看護師の「しなやかさ」は,実践のレパートリーを増やす3つの変化,「組織ルーティンの学習」「組織ルーティンを超える行動化」「組織ルーティンからの時折の離脱」と,実践を再定義・深化する変化である「新しいルールと意味の創出」を加えた4つの変化でもたらされることがわかった。
ここで,用語の説明をしておきたい。
ルール:究極的には「こういうときは,こうせよ(あるいは,こうしてはいけない)」と表現できる,具体的で実践的な行動プログラムを指す。「こういうとき」の条件付けが子細になることで,複雑な状況にも対応できる。
組織ルール:組織メンバーが共有しているルールで,組織ルーティン(同じ局面でその病棟の大半の看護師がとる行動パターン)として可視化される。看護手順など明文化されたものでも,それに従う看護師が少ない場合は組織ルールとは言えない。
タスク:検温や清拭,点滴,記録など,一定期間内に行われるべき課題を指す。それぞれのタスクは,組織ルールによって,誰が(特定の個人,リーダー,手が空いた人,など),いつ(特定の時刻,時間帯,など),どのように実施するか(厳密な手順に従う,個人の裁量でよい,など),一定の幅をもって規定されている。
固有ルール:個人的な経験,あるいは教育や前職場など他の組織で獲得したルールを指す。固有ルールはすべてが実行されるわけではなく,ほとんど実行されないルール,余裕がある場合のみ実行されるルールもある。
組織ルーティンの学習
「組織ルーティンの学習」は,新規採用や配置転換,中途採用等で病棟に新しく加わった看護師が最初に経験する変化である。新しい職場で組織ルーティンとして提示される組織ルールを学び,自らの実践を組織ルーティンに近付けていく変化である(図2)。この変化によって,新参者はその病棟の一人前になり,組織ルーティンを継承し次世代に伝えることが可能になる。
図2 「組織ルーティンの学習」のイメージ ↑ピンク色の網掛け部分は「実践のレパートリー」,すなわち当該看護師によって実行され得るルール(存在を認識し習得できた組織ルールと,無効化されていない固有ルール)を表す。矢印は実践のレパートリーが主に拡大している方向を表す。なお,組織ルール・固有ルールとも変化するが,簡略化するため図示していない。 |
では実際に,新人看護師や経験者がどのように組織ルーティンの学習を進めているのかについて述べたい。
新人看護師の場合
◆対立・矛盾する無数の断片的な組織ルール
病棟に配属された新人は,「10時に点滴をつなぐ」「離床センサーが鳴ったらすぐに駆け付ける」「○○医師の外勤日は,病棟に来たときに指示確認を済ませる」など,無数の組織ルールの存在を知る。新人は早く一人前になりたいと願い,組織ルールを1つでも多く学び,守ろうと努力していた。
しかし,1つのルールを守ると別のルールが守れないことも珍しくない。新人は,あたかも対立や矛盾を含んで乱立する無数の断片的な組織ルールに取り囲まれたかのような状態に置かれていた。
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◆広範で複雑な条件付けを学ぶ
新人は,先輩の助言や行動から,どのような状況で何を優先するか,どのようなときに他者に依頼するかなど,より子細な組織ルールを学んでいく。単独では対立したり矛盾する組織ルールも,条件付けが進むと特定の状況で適応されるルールが明確になり,行動選択の葛藤が減っていった。
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また,新人は最初のうち,受け持ち患者数や重症度などタスクの割り当てが少なく,手の空いた人が担う共有タスクも免除されている。学習が進むにつれて,割り当てられるタスク量も増え,他の看護師の支援や共有タスクの担い方など,より広い範囲の組織ルールを学んでいった。
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◆組織ルーティンを構成する一員へ
広範に複雑に条件付けられた組織ルールを習得すると,その病棟で通常起こり得るさまざまな状況に対処できるようになる。配属当初,対立と矛盾に満ちて見えた組織ルールも,調和したルールの集合体となる。
また,組織ルーティンの学習は,先輩たちが編み出した作業時間や移動時間,空き時間,待ち時間を少しでも短縮する行動パターンを身につけることでもある。組織ルーティンの学習により,その病棟で求められる問題対応力,タスク遂行力を獲得したとき,看護師はもはや新参者ではなく,その行動は組織ルーティンそのものになったと言える。
◆固有ルールの実現による揺れ幅
新人看護師は,組織ルーティンの学習をしながらも,固有ルールを完全に忘れているわけではなかった。「いつも笑顔で」というような,特別な時間を必要とせず,タスク遂行の妨げにならない固有ルールから実行し,時間に余裕があるときに,自分が大切に思う固有ルールを実行していた。患者の話をゆっくり聞いたり,いつも介助するところを患者が自分で行うのを見守ったり,患者を車椅子で散歩に連れ出したり,時間に余裕があるときにどのような行動をとるかは看護師によって少し異なった。
ただし,時間に余裕があるときには他の看護師を手伝ったり,共有タスクを実施することが組織ルーティンであることが多く,看護師の固有の実践も,それから大きく逸脱するものではなかった。組織ルーティンの学習の終盤にある看護師は,時間に余裕があるときの行動選択に固有の実践スタイルが表れるなど,揺れ幅を持ちながら組織ルーティンを継承している状態であった。
経験者の場合
他施設や他の病棟から異動した看護師の場合,前職場で習得したルールを手がかりとして活かしながら,新しい職場の組織ルールを学習することができた。しかし,新しい組織ルールやその条件付けがわかるまでは,一つの行為や判断に時間がかかる経験をしていた。
経験者は,前職場と比較して,新しい組織ルールに疑問を持つことも少なくないが,まずは新しい職場で一人前になることをめざし,疑問をいったん保留して,組織ルーティンの学習を進めていた。しかし,新人看護師が比較的あっさり,学校で学んだルールを保留するのに比べ,経験者は強い疑問や葛藤を抱え続けることも少なくなかった。
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組織ルーティンの学習は,他の3つの変化の前提ともなる大切な変化である。次回は,組織ルーティンの学習が看護師にもたらすことと,学習の促進要因,そして過剰適応の危険について述べたい。
(つづく)
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