出発点(武村雪絵)
連載
2011.04.18
多くの看護師は,何らかの組織に所属して働いています。組織には日常的に繰り返される行動パターンがあり,その組織の知恵,文化,価値観として,構成員が変わっても継承されていきます。そのような組織の日常(ルーティン)は看護の質を保証する一方で,仕事に境界,限界をつくります。組織には変化が必要です。そして,変化をもたらすのは,時に組織の構成員です。本連載では,新しく組織に加わった看護師が組織の一員になる過程,組織の日常を越える過程に注目し,看護師のキャリア発達支援について考えます。
小学生の頃から学校の先生になりたくて,大学でも中学校・高等学校教諭免許状に必要な単位を着々と取得していた私が,それまで全く考えていなかった看護師をめざすことになった。看護師と教師は似ている。対象は人間まるごと,道具も人間まるごと。人とかかわり,仕事を通じて他者の人生にほんの少し,時に大きく影響し,自分自身も他者から学び成長し続けられる。看護師のほうが教師よりも幅広い世代を対象にすることと,もともと人体の神秘に魅せられていたことが決め手になった。
2つの病院で看護師として働いた後,大学院に進学し大学教員となり,その後縁あって,病院で教育と管理に携わることになった。思いがけない重責を担うことになったが,大学院生・大学教員時代の研究が自分自身の役割適応と実践に大いに役立った。私の経験が,看護管理あるいは看護管理学研究に携わる方々に何らかの示唆を提供できれば幸せに思う。
"看護過程"が一つの道具になったとき
本題に入る前に,長くなるが,私の最初の研究テーマとの出会いを紹介させてほしい。私が看護師として働き始めた1990年代は日本で急速に看護診断が広がったときで,私は看護診断を勉強しながら,情報収集,看護問題の明確化,計画立案,計画の実施,評価という,いわゆる「看護過程」をきっちり展開することが看護の責任だと,情熱を持って取り組んでいた。もちろん,患者を全人的にとらえること,患者の立場に立ち患者の気持ちを第一に考えることを最重視し,どんなに忙しくてもベッドサイドに座って患者の話を聴き,患者に丁寧に説明することを心がけていた。
自分の看護にある程度の自信を感じるようになった看護師6年目の秋,ある女性患者に出会った。彼女は脳出血後の回復期で,片麻痺はあるものの意識障害はなく,リハビリテーション訓練を受けていた。いつも険しい表情をして,再出血予防の降圧剤の内服を拒否し,転倒予防のために看護師が付き添いたいと話しても,杖をつきながら一人で,しかも職員用の和式トイレに通っていた。私は何度も時間をつくって,なぜ薬を飲みたくないのか,なぜ一人でトイレに行きたいのか,彼女の気持ちを聞こうとし,彼女と一緒に彼女に合った看護ケアを考えようと試みた。しかし彼女は,「あんたたちにはわかりません。放っておいてください」「自分のことは自分が一番よくわかっています」と言うだけだった。
ある日,非番で病院にいた私は,彼女とただ話してみようと思った。ロビーに二人で座り耳を傾けると,彼女はこれまでの人生,今の思い,これからの夢を次々と語りはじめた。彼女は別人のように目をキラキラさせた。しばらくして,何か温かいものが二人の間に流れるのを感じ,私が驚いて彼女をみつめると,彼女も黙って口元に笑みをたたえて私をみつめた。
その日から彼女が変わった。ほかの看護師が「何があったの?」と驚くほど,看護師と親しく話し,笑い,提案に応じるようになった。それまで空回りしていた看護がやっと歯車がかみ合って回りはじめた。看護って,こんなに楽で楽しかったんだ。私はそれまで一生懸命だけど窮屈に看護をしてきたことに気付いた。
あの日,何が起こったのか。私は何度も自分に問いかけた。そして,私はそれまで,患者に本当の意味で自由に話をさせていなかったこと,自分が考えた看護問題の枠組みの中で患者に自由に話をさせようとしていたことに気付いた。その日は非番であったことが幸いし,看護師としての枠組みを持たず,ただ彼女の話を聴くことに集中できた。もちろん私は,本来の看護過程,看護診断の目的は,患者を全人的な視点でとらえ,包括的な看護の提供をめざすことだと知っていたはずだ。しかし,看護問題をみる枠組みが私に深く入り込み,患者を理解するときにも無意識にその枠組みを使っていた。この枠組みを外す術を知り,看護過程を道具として用いられるようになったこと,それは「看護過程の呪い」がとけた瞬間だった。
この体験は私にとって世界が変わるような大きなショックであった。大学院に進んだ私は,看護師が楽に効果的な看護を提供するために,そして患者に本来享受できるはずの看護の力を確実に届けるために役立ちたいと,看護過程をテーマに研究に取り組んだ。看護師・患者へのインタビューと観察を重ね,「よい看護」の要素1)や「患者を知る」ことを中心とした看護過程2)を明らかにした。本連載ではこの部分はあまり触れないが,フィールドワークを通じてさまざまな病棟,さまざまな看護師に出会ったことが,看護師のキャリア発達過程,組織論・組織心理学への強い関心につながった。そして,このテーマに関する研究や学習が今の私の大きな力となっている。
組織と個人が,互いの期待に応えるために
施設は患者や地域・国に対してどういう使命を担っているのか。これからどのような価値を生み出していくのか。施設の未来を考えることが管理者のあらゆる判断の基準になる。看護職員の教育も,これから施設が提供していくサービスに必要な看護師を考えることが出発点になる。
そして,教育と一体的に評価を行うことが重要である。期待する看護師像を評価表に落とし込むことが,看護職員の育成はもちろん,施設が必要とする看護職員を施設にとどめることにつながる。たとえ知識や技術が優れていても,ある看護職員のためにチームの連携がとれなかったり,他の職員の意欲が損なわれることがあってはならない。「他職種を含む他の職員と互いに力を最大限発揮できる良好な関係を築くこと」を評価項目に加え,定期的に評価することで施設の価値観として浸透を図ることができる。
同時に,職員に対して価値を提供することも,施設の重要な役割である。多様な職員を受け入れること,採用した職員を責任を持って育成すること,職員の生活の充実を図ることは,今後ますます重要になるだろう。
施設は,少子化でますます貴重となっている「人財」を社会から預かっている。数多くある職業から「看護」という仕事を選んだ人を大切に育成し,その力を活かすことは,社会への責任を果たすことでもある。例えば,フルタイムで働ける職員だけ,育成が容易な看護師だけが勤続できる仕組みでは,やがて職員が離れ,施設の存続が難しくなる。施設が期待する看護師像を持つように,施設は看護職員の期待に応えなければならない。看護職員の個別の人生をみる視点,長いスパンから今を支える視点が必要である。
図は,東京大学医学部附属病院が従来の3倍弱に相当する300名の新採用者を迎える前に,私が全看護職員に研修を行った際の資料の一部である。20年前,看護師をめざしたときに感じたことだが,看護と教育の基本は同じである。当時約900名いた看護職員に,患者に対するのと同じように,看護師教育にかかわろうと伝えた。
図 看護師教育の考え方――基本は「看護」と同じ |
図の枠内は,施設で提供できる範囲をイメージしている。患者と同じように,個々の看護職員には自分の人生があり目標があり,意図と期待を持ってこの施設を働く場に選んだ。施設では,施設の目標と融合できることを条件に,個々の看護職員の目標をチームで共有することが必要となる。明確な目標を持たない看護職員へは最初の目標を描く支援が必要となる。次のステップの目標を持つ看護職員とは,この施設で何を目標とするかをすり合わせる作業が必要となる。そして,その目標に向けて,本人が主体的に取り組むのはもちろんだが,周囲のスタッフが支援し,リソースを提供する。施設はそういう職場環境を提供しなければならない。結果として,個々の看護職員が,かけがえのない人生でこの仕事を選んでよかった,働く場所にここを選んでよかったと思うことを願いながら。
次回から,組織の中で看護師がどのようにキャリアを発達させていくかを述べていきたい。
(つづく)
参考文献
1)武村雪絵,他.看護者が認識する「よい看護」の要素とその過程.看護研究.2001; 34 (4): 55-65.
2)Takemura Y, et al. How Japanese nurses provide care: a practice based on continuously knowing the patient. J Adv Nurs. 2003; 42 (3): 252-9.
武村雪絵
1992年東大医学部保健学科卒。同大病院,虎の門病院に勤務。2000年東大大学院医学系研究科健康科学・看護学専攻修士課程修了,03年同専攻博士課程単位取得退学後,同専攻助手を務める。06年東大病院副看護部長を経て,11年4月より現職。08年健康科学・看護学博士号取得。
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