医学界新聞

連載

2010.09.06

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第5回】
「割れてしまった」QRSが物語るもの その3
左脚ブロックが病気に昇格できないワケ

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 これまで二回にわたって,主に心不全疾患と虚血性心疾患について割れたQRSの意義を書いてきました。今回はQRSの最終回として,無症候の脚ブロックのワークアップのあり方について考えてみたいと思います。なお今回は,前回までのような心電図豆知識の説明ではなく,別の国の医療文化を体験した者の“随筆”といった趣きの内容になっていますが,あらかじめご了承ください。

脚ブロックはよく見かける

 さて,筆者が10年近く住んでいた米国から帰国して約2年が経ち,その間いろいろと衝撃的な体験をさせていただきました。虚血性心疾患の友であるはずのβ遮断薬が,実は嫌われものであったり,米国のスタチン最低投与量がそのまま最大投与量であったり,ACLSが遠い世界の話であったりと,このテのエピソードには枚挙にいとまがありません。その中でも特に印象的だったのが,健康診断での心電図スクリーニング業務に駆り出されたときのことです。

 依頼されたのは,「健診で取る心電図の読影を片っ端からお願いしたい」ということでした。その際,脚ブロックは非常に頻度の高い心電図変化なので,やはり左右さまざまにブロックされた心電図をたくさん見かけました。そして,困ったのが「どうすればいいか指示を書いてください」という注文でした。

 教科書的には,脚ブロックは概ね以下のように表記されることが多いようです。

<脚ブロック>

 脚ブロックは心疾患だけでなく,他のさまざまな疾患に伴って見られます。特に左脚ブロックは右脚ブロックに比べて平均年齢が高くなり,心疾患の合併も多くなります。

 その根拠となっているのはどういうことなのかを調べたり尋ねたりしてみると,やはり欧米の教科書の記載や臨床研究の結果に由来しているようです。実際,伝家の宝刀(?)UpToDate®にも以下のように記されています。

 When present, these subjects should be evaluated for hypertension, coronary disease, and other disorders that have been associated with LBBB.
「Overview of left bundle branch block」より

(筆者意訳:左脚ブロックが見つかったら,高血圧,冠動脈疾患,その他関係のありそうな疾患の評価をしましょう。)

 もちろんすべての脚ブロックが病的で予後不良であるわけはないのですが,こうした表記をみると,「では,とりあえず循環器外来を受診して,エコーとトレッドミルとホルターをお願いします」ということになってしまいそうです(実際,こうしたケースは多いようですが)。

 教科書でのこのような記載を考えるに当たって,私が個人的に問題だと思っているのは,欧米と日本で心電図が取られる背景が全く異なるということです。果たして欧米の脚ブロックに関する記載を丸飲みにして,日本の健康診断に当てはめて良いのでしょうか?

心電図をすべての人に?

 わが国では労働安全衛生法(表1)によって,事業者は労働者に健康診断を行わなければいけないことが定められています。そして,その中で「医師による健康診断を行わなければいけない」と定められた項目に心電図も含まれているのです。

表1 労働安全衛生法と労働安全衛生規則

労働安全衛生法

第66条(健康診断)
1 事業者は,労働者に対し,厚生労働省令で定めるところにより,医師による健康診断を行なわなければならない。

労働安全衛生規則(厚生労働省令)

第44条(定期...

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