心電図の始まりはP波から(その1)拡張不全と心房の大きさ(香坂俊)
連載
2010.10.04
循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ
【第6回】
心電図の始まりはP波から(その1)
拡張不全と心房の大きさ
香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)
(前回からつづく)
循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。
そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?
今回はP波のお話です。P波は心房の興奮を表し,心房が大きくなるとP波は高くなったり太くなったりします(図1)。細かい定義は成書にお任せし本稿では,(1)心房が大きくなると何がダメなのか? と,(2)こうしたP波の変化は心房の大きさ“だけ”によるものか? の二項目を取り上げます。
図1 心房負荷に伴う心電図変化 |
典型的な心房の「負荷」に伴う心電図変化(点線部)。P波が一番よく見えるのはII誘導とV1誘導ですが,右房負荷ではP波が縦に高くなります。左房負荷は,II誘導では横に伸びnotchのようなものができます。V1誘導では二相性になり,終末に陰性成分が出現します(P-wave terminal force)。 |
サボる心房 と 働く心室
図2 左房の拡張期((1))と収縮期((2)) |
心房と比べて心室の役割は重大です。特に左室は1分間に3-4 Lの血液を全身に送り込まねばならず,そのため生涯を通じて文字通り休む間もなく働き続けます。そして,この心室の役割で意外と重要なのが,血液を心房から吸い込む機能です。あまり知られていないことですが,心臓は収縮するときだけでなく拡張するときにも,エネルギーを使って能動的に心筋細胞を動かしています。これが心臓の拡張能と呼ばれるものです。
心室の拡張能の重要性
拡張能は非常にセンシティブな機能で,虚血でも心不全でも最初に傷害されるのはこちらで,これに引き続き収縮能が落ちていきます。有名な心エコーの駆出率(EF)は収縮能の指標ですが,心機能が傷害される順番は必ず拡張能→収縮能なので,EFが低下していれば拡張能は必ず低下しているわけです。しかし,逆は必ずしも真でなく,拡張不全があったとしてもEFが正常な場合はいくらでもあります〔こうした心不全例をheart failure with preserved EF(HFpEF)と呼びます〕。
では,“血液を全身へ押し出す収縮能”と“血液を心房から吸い込む拡張能”ではどちらが大事なのでしょうか? 心臓の収縮能,すなわちEFが落ちていればそれは目立つ所見ですし,概念としてもわかりやすいので,長いこと心不全=収縮不全であると考えられてきました。しかし,近年の疫学的調査や臨床研究によって拡張不全による心不全(またはHFpEF)が心不全疾患の約半分を占めることがわかってきました。かつ重要なことに予後の悪さは同等であり(院内死亡率6%),しかもACE阻害薬やβ遮断薬といった従来から収縮不全の心不全に極めて有効とされてきた薬剤も効かないという大規模ランダム化試験の結果が続いています。このように,まだ課題を残すこの拡張不全による心不全ですが,その病態の把握に心房の大きさが大きな役割を果たすということがわかってきました。
拡張不全でなぜ心房は大きくなるか
ここでようやく心房の話に戻ってきました。心臓が心房から血液を能動的に吸い込んでいるのが拡張能で,その機能が落ちてくると拡張不全による心不全症状を起こします(e.g.起座呼吸)。もう少し細かく見てみましょう。
拡張不全を起こした心室は吸い込む力が弱くなっているので,心室が吸い込む力を発揮する拡張期の内圧が上昇します。この拡張期圧の上昇ゆえに肺のうっ血が生じ,呼吸困難や起座呼吸などの心不全症状を起こしてくるわけです。このとき心室の拡張期圧は,その直前に血液を溜め込んでいる心房に直接影響を及ぼします(なにしろ拡張期というのは僧帽弁が大きく開き,心室と心房が一体となっている時期ですから)。心室が血液を吸い込まないため,心房は自ら収縮して押し出そうとしばらく頑張ります。しかしすぐにギブアップして,段々と心室の拡張期の圧力の上昇に伴い心房の圧力も上がっていきます。その圧の上昇を受けて心房は大きくなっていくわけです。
心房の大きさはHbA1c
こうした拡張能に対する理解と心房の大きさの重要性を踏まえて,心房の大きさは長期的な拡張能の指標を表すと考えられるようになりました。血流の速度やEFなどはそのときの血行動態(e.g.血圧など)に応じて変化しますが,心房の大きさはその平均的な効果を長期的に反映したものと考えられるようになっています。つまり,拡張障害における左房の大きさは,糖尿病におけるHbA1cの関係と同じようなものと言えるでしょう。現在,この左房の大きさは心房細動のみならず,心不全症状の発症,脳梗塞,さらには生命予後そのものを予測するパラメーターとして注目を集めています(表)。
表 左房の大きさと臨床的なイベントとの関連(文献1より改変) |
エコー? 心電図?
左房の大きさをエコーで見るのが良いのか,心電図で見るのが良いのかということを検証した臨床研究があります。心エコー(特に二次元エコー)による計測だけでは全体的な心房の大きさを把握することが難しい場合もあり,その場合心電図が威力を発揮することもある,という結論でしたが,何を隠そうこれは筆者が初めて行った臨床研究です2)。米国研修での最初の時期に循環器内科フェローのポジションを勝ち取るために始めた研究でしたが(循環器内科はとても人気がありました),何の因果か今もこうした臨床研究は続けており,“心電図”の連載も引き受けています。
POINT●右房負荷と左房負荷を心電図のP波の変化でみることができる。
|
心電図計を開発したアイントーベンさんが,百年ほど前に心電図の波を順番にPから始めてQRS,そしてTと名付けました。それまで生体現象の記号として使われていなかったからといわれていますが,Pの前に他にも波があると考えていたフシもあります。 |
C O L U M N 高血圧性心不全とHFpEFについて
わが国では昔から高血圧性心不全と呼ばれる概念が存在しますが,実はこれは拡張不全単独例がほとんどではないかと私はにらんでいます。従来から,心不全の動物モデルを作るときには意図的に高血圧を起こして心機能を落とすことが行われており,そのため高血圧は心不全の重要な原因の一つと認識されてきました。
拡張不全の心不全はEFなど心エコーのパラメータが目に見えて悪いわけではなく,何が心不全の原因か説明がつきにくいものです。そこで,(1)高血圧の既往があるもの,あるいは(2)発症時に血圧が高かったもの,をこれまで高血圧性と分類したのではないでしょうか。双方の患者が特に高齢者女性と高血圧患者に多いことも共通しています。HFpEFは現場でも広く用いられるようになっており,こちらのほうが拡張不全を臨床的にベッドサイドで表す言葉として今後台頭してくるものと思われます。
(つづく)
参考文献
1)Abhayaratna WP, et al. Left atrial size: physiologic determinants and clinical applications. J Am Coll Cardiol. 2006 ; 47 (12): 2357-63.
2)Kohsaka S, et al. Electrocardiographic left atrial abnormalities and risk of ischemic stroke. Stroke. 2005 ; 36 (11): 2481-3.
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