医学界新聞

連載

2010.08.02

循環器で必要なことはすべて心電図で学んだ

【第4回】
「割れてしまった」QRSが物語るもの その2

香坂 俊(慶應義塾大学医学部循環器内科)


前回からつづく

 循環器疾患に切ってもきれないのが心電図。でも,実際の波形は教科書とは違うものばかりで,何がなんだかわからない。

 そこで本連載では,知っておきたい心電図の“ナマの知識”をお届けいたします。あなたも心電図を入り口に循環器疾患の世界に飛び込んでみませんか?


 前回は心不全での同期障害についてお話ししましたが,今回は虚血性心疾患の分野でのQRSについてみていきましょう。

異常Q波について

 虚血性心疾患が念頭にあるときにQRSをみて考えることは,ひと昔前であれば「異常Q波があるか?」というところだと思います。日常よく見る健康診断の心電図でも,異常Q波は特にわれわれの目を引く項目の一つです。それは,そこに死んだ心筋があることを示唆し,「ああ,もしかしたら知らないうちに心筋梗塞を起こしていたのかもしれない,大変だ!」という解釈になるわけです。

 さて,この異常Q波の見立てですが,深いことはもちろんなのですが,実は幅広いことが大事な条件です(メモ)。その意味で,今回のタイトルどおり異常Q波も「割れてしまったQRS」の一形態と言えなくもありません。

 ここで異常Q波の意味について少し考えてみましょう。異常Q波は梗塞部位が壁を貫いているか(貫壁性),心筋の内膜にとどまっているか(非貫壁性)ということを鑑別できる,と言われてきました。これは1950年代に,かのMyron Prinzmetal博士が動物実験を基に提唱し,半世紀以上にわたって継承されてきたことです。しかし,21世紀に入ってMRIによって心臓の筋肉の状態を細かく見ることができるようになりました。ガドリニウムという造影剤を使うと図1のように梗塞部位は白く染まります。こうしたMRI画像と心電図を照らし合わせると,Q波の有無は局在よりもむしろ梗塞部位の大きさそのものを反映するということがわかってきました1)。つまり,心内膜下だろうが貫壁性だろうがある程度の大きさがあれば異常Q波は出現する,ということです。

図1 梗塞部位のMRI画像(模式図)
健康な心筋は黒く描写され,梗塞部位はガドリニウムによって白く抜ける。

 また,近年カテーテル手技や抗血小板薬の使い方の進歩に伴い,大きな梗塞はひと昔前ほど見かけなくなりました。それを反映して,異常Q波を伴う心筋梗塞の割合は,以前は心筋梗塞全体の3分の2と言われていましたが,最近は3分の1程度にまで減っています。

断片化されたQRS

 心筋梗塞における梗塞部位がどんどん小さくなりつつある時代を迎え,徐々に駆逐されつつある異常Q波ですが,小さな梗塞巣でも脱分極する順番を乱すことがあります。これは,梗塞を起こした部位が部分的な脱分極を起こしてしまったり,あるいは梗塞部位を挟んでいろいろな方向に脱分極が向かってしまうことによるものですが,結果として左室の脱分極が不均一でジグザグになります。すると,心電図上QRS波はバラバラに断片化されます。具体的には図2のようなパターンを呈すことが知られています。

図2 断片化QRSのさまざまなバリエーション(文献2より改変)

 こうしたQRSの断片化と呼ばれる所見が,カテーテル時代の梗塞の診断に当たって異常Q波以上の精度を持っていることがわかってきました2)。2010年現在,具体的にデータとして示されているのは以下のようなことです。

QRSの断片化
(1) 異常Q波と同様に“前壁梗塞”,“下壁梗塞”などといった部位診断が可能
(2) 120 msec以下で幅が狭くとも診断的な意義がある
(3) 梗塞部位の診断のみならず予後の判定にも役に立ちそうである

 この断片化されたQRS所見はブルガダ症候群やファロー四徴症といった心筋梗塞以外の心疾患でも注目を集めており,不整脈の発生や予後との関連がみられています。今後,要注目の心電図所見と言えるでしょう。

脚ブロックによる二次性変化

 「割れてしまった」QRSと虚血性心疾患の関連ということでは,急性心筋梗塞と脚ブロックとの関連についても触れないわけにはいきません。いろいろと皆さんに伝えたいことはあるのですが,今回はこの一点に絞ることにしましょう。

脚ブロックを伴う急性心筋梗塞は診断しにくい

 これまで述べてきた異常Q波や断片化QRSは「古い」陳旧性の心筋梗塞の話題でした。では,「新しい」急性の心筋梗塞の心電図所見と言えば何でしょうか? それは“ST変化”です。胸部症状とST変化があったら急性心筋梗塞以外の疾患は考えられないと言ってもよいくらいで,それほど感度・特異度ともに高い所見で...

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