医学界新聞

連載

2010.06.21

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第66回〉
顧客は誰か

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

野球部女子マネジャーとドラッカーの『マネジメント』

 高校野球の女子マネジャーみなみがP.F.ドラッカーの著書『マネジメント』を読んで最初に考えたことは,野球部の「顧客」は誰かということであった。(岩崎夏海著「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」ダイヤモンド社,2009年)。みなみは,『マネジメント』の「『われわれの事業は何か』との問いは,企業を外部すなわち顧客と市場の観点から見て,初めて答えることができる」という箇所を真剣に考える。そして,野球部とは「顧客に感動を与えるための組織」と定義し,顧客は部員も含めた野球部にかかわるすべての人々だと定めた。そして部員という顧客が「価値ありとし,必要とし,求めている満足はこれである」ということを調査することからマネジメントを始めたのである。

 「マネジメントの父」と呼ばれる故ドラッカーは,『マネジメント』の中で,「企業の目的と使命を定義するとき,出発点は一つしかない。顧客である。顧客によって事業は定義される。事業は,社名や定義や設立趣意書によってではなく,顧客が財やサービスを購入することにより満足させようとする欲求によって定義される。顧客を満足させることこそ,企業の使命であり目的である」と述べている。『もし高校野球の~』は,マネジャーのみなみが誤って『マネジメント』を買ってしまい後悔するものの,野球部のマネジメントに生かせることに気付くところから物語が始まる。この小説は2009年12月3日に発行され,2010年5月10日には第12刷が出ている売れ筋の商品である。

看護師は病院組織の顧客

 正直に明かすと,高校野球部のマネジャーがマネジメントの最初に,野球部の「顧客は誰か」を問うたことに私はどきっとした。病院にとっての顧客には従業員も含まれるのではないかと気付いたからである。従業員の中でも看護師は極めて重要な顧客である。病院は,看護師が「価値ありとし,必要とし,求めている満足」を知り,マネジメントすることが「正しいマネジメント」であろうということに思い至った。

 看護師が「磁石のようにひきつけられる病院の特性」,つまりマグネティズムがその答えとなろう。米国看護認定センター(ANCC)によるマグネティズム評価は以下の14項目から成る。

1)看護リーダーシップの質:豊かな知識を持った管理者が綿密に構築されたストラテジーに沿ってリーダーシップを発揮する。
2)組織の構造:ダイナミックで変化に対応できる組織である。また組織の意思決定に看護師が強く関与する。
3)マネジメントスタイル:すべての看護師の意見が取り入れられ尊重される。リーダー役の看護師とすべての看護師との意思疎通がスムーズである。4)人事の方針とプログラム:賃金と福利厚生が充実している。安全で健康的な労働環境に配慮した人員配置がなされる。
5)専門職としてのケアモデル:看護師が責任と権限を持って患者の個別的ニーズに沿ってケアを提供する。
6)ケアの質:看護師が質の高いケアを提供していると自覚し,組織も質の高い看護ケアは重要であると認識する。
7)質の向上:ケアの質を測定し,向上させるためのシステムを持ち運用する。
8)コンサルテーションとリソース:リソースとして外部組織やエキスパート,特に上級看護師へのコンサルテーションが利用できる。
9)自律性:専門職としての規律にもとづき,看護師が自律的にケアを提供する。
10)地域とのかかわり:地域のヘルスケア組織,その他の組織と堅密に連携する。
11)教育者としての看護師:看護師が組織内や地域で教育活動に関与する。実習生が歓迎され,ニーズに沿ったサポートを得る。
12)看護のイメージ:看護師が提供するケアは必要不可欠なものだと他のヘルスケアチームのメンバーに認識される。
13)学際的連携:学際的連携が尊重され,臨床的アウトカムに影響するものと認識される。
14)職能開発:個人としての,また職業人としての成長を尊重し,サポートする。キャリア開発の機会を提供する。

 14項目は,2008年に,変革的リーダーシップ,構造的エンパワーメント,模範的な活躍実践,新しい知見・改善,実際の質に関するアウトカムの5つの構成要素として示された(桑原美弥子著『マグネットホスピタル入門』ライフサポート社,2008年)。

 1980年代に米国で創始されたマグネット認定プログラムは2000年からは認定対象が米国外まで拡大され,オーストラリア(2施設),ニュージーランド(1施設),レバノン(1施設),シンガポール(1施設)を含め,2010年5月13日現在370施設が認定を受けている。

 ドラッカーの『マネジメント』で野球部を再生させたみなみは,顧客である部員のニーズに応えるマネジメントを行った結果,目標としていた「甲子園への出場」を果たした。

つづく

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