医学界新聞

連載

2010.01.25

看護のアジェンダ
 看護・医療界の“いま”を見つめ直し,読み解き,
 未来に向けたアジェンダ(検討課題)を提示します。
〈第61回〉
看護の力

井部俊子
聖路加看護大学学長


前回よりつづく

 2009年12月のある日,「看護の力」の確認を目的に,朝一便で羽田から松山に飛んだ。3年ぶりに玉井さんに会うためであった。正確に言うと,玉井さんと,玉井さんをケアしている看護師の安藤さんに会うためであった。

 玉井さんは,1988(昭和63)年,38歳のときに,パソコン関連の会社の単身赴任先で倒れ,仕事に来ないと心配した同僚に発見された。玉井さんは脳出血で右片マヒ,失語症となった。その後,リハビリで社会復帰が可能となり,身体障害者の作業所に行けるようになった。

 1998(平成10)年2月14日に脳幹部の梗塞を発症し,再び倒れた。長い入院生活が始まった。気管切開が施され胃ろうから栄養剤を注入し,留置カテーテルで排尿をしていた。1999(平成11)年5月に退院し,在宅療養が始まった。「退院時に留置カテーテルは抜きました」と訪問ナースの安藤さんは強調する。体重は54.6kg,白血球8500/mm3,1日1800kcalの栄養,痰が多く,目の充血があったと「経過表」に記されている。

 玉井さんは現在60歳である。2回目の発症からおよそ11年間,基本的に家で療養生活を送っている。玉井さんと暮らすために長女夫婦は同居することを決め,妻と孫二人と共に生活を始めた。気管切開口からは酸素吸入を行い,胃ろうから栄養を入れ,排尿はおむつを使用,排便は訪問ナースが摘便するなどをして定期的にコントロールしている。まぶたの開閉で玉井さんと意思疎通ができる。

 入院中は角膜ヘルペスとなり両眼が開閉せず,医師は「何も見えない。失明している」と告げた。しかし,玉井さんにはさまざまな可能性があることをナースたちは発見していくのである。

ナースが在宅療養で発見した“潜在能力”

 玉井さんの在宅療養生活はIII期に分けられる。I期は,1999年5月から2002年9月までの3年4か月であり,訪問診療,訪問看護,訪問リハビリなどもっぱら「訪問サービス」のみを受けていた時期である。II期は,2002年10月から2009年7月までの6年9か月であり,この期間は「療養通所介護サービス」が追加され成果を挙げている。第III期は2009年8月から現在に至る。2009年春に妻の病気が発見され,同年8月に入院して手術を受けたため,玉井さんは8月3日から...

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