医学界新聞

連載

2009.12.07

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【12回】 高血圧へのアプローチ(後編)

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 前回は高血圧の最初のアプローチに関して学びました。今回はさらに踏み込んで,さまざまな合併症を持つ患者の高血圧に対するアプローチとそのエビデンスに関して学びます。

■Case

 56歳男性。高血圧,糖尿病,高脂血症を治療中の患者。急性心筋梗塞の既往がある。外来で過去3か月間の血圧の変動をみると,常に140/90mmHgを超えている。他のバイタルサインは正常。喫煙家で,家族歴にも心筋梗塞あり。

Clinical Discussion

 この患者の高血圧の治療に焦点を絞る。どんな降圧薬を服用しているべきであろうか? その組み立て方を考えるために,症例提示ではあえて現在どのような降圧薬を服用しているのかは伏せた。合併症,リスクごとに推奨される降圧薬の種類が異なるので,それらを組み合わせて治療を決定する。

マネジメントの基本

 高血圧の治療は患者の合併症の有無により大きく異なる。累積したエビデンスに基づいて各適応が決められている。大規模臨床試験のALLHAT(文献③)と米国の高血圧診療ガイドラインThe JNC 7 Report(文献②)は現在の高血圧治療の基礎を築き,また新たにさまざまな疑問を投げかけた。高血圧の治療を学ぶ際はALLHATとJNC 7を読むことから始め,その後行われた臨床試験の結果を後から追加するように学ぶのがよいと思う。表に,高血圧治療薬の決定に際し重要な合併症と積極的適応となる治療薬を示した。合併症ごとに診療上のポイントを解説する。

 降圧薬とその積極的適応となる合併症等(文献(2)より)

1)心不全
 基本はACE阻害薬(もしくはARB)+β遮断薬+利尿薬。ACE阻害薬は治療薬の鍵である。これは後負荷を減らす以外に心肥大,リモデリングの抑制・改善,腎血流の改善などの作用がある。ACE阻害薬が副作用のために服用できない場合にARBの使用を考える。ARBはACE阻害薬とほぼ同等(VALIANT:NEJM2003.[PMID:14610160])とされている。New York Heart Association(NYHA)心機能分類IIより重度の心不全にはβ遮断薬をACE阻害薬,利尿薬とともに使用すべきである。カルベジロールはメトプロロールよりも死亡率を下げたというデータ(COMET:Lancet2003.[PMID:12853193])を出したため使用が好まれているが,研究デザインの問題を指摘する声もある。急性期においては前負荷を減らすためにループ利尿薬の役割は大きい。しかしループ利尿薬は症状緩和のためには役に立つが死亡率の改善などの長期予後に関してはベネフィットが認められない。重度心不全の治療においてはアルドステロン拮抗薬の併用が推奨される。これはRALES(NEJM1999.[PMID:10471456])やEPHESUS(NEJM2003.[PMID:12668699])などに基づく。RALESではEF35%未満,NYHA III~IVの重度心不全でアルドステロン拮抗薬は約30%の死亡率低下を示し,EPHESUSでは心筋梗塞後でEF40%未満の心不全患者に対して使用した場合に約15%の死亡率低下を示した。利尿薬は電解質,特に血清カリウムの値に注意しながら開始してそれらの値をフォローすべきである。

2)心筋梗塞後
 基本はβ遮断薬である。日本では冠攣縮への危惧のためにCa拮抗薬が好まれて使用されてきたが,BHAT(Ann Intern Med1993.[PMID:8416325])やCAPRICORN(Lancet2001.[PMID:11356434])などβ遮断薬を支持する欧米のさまざまな大規模臨床試験と,日本の臨床試験であるJBCMI(Am J Cardiol2004.[PMID:15081437])でのβ遮断薬とCa拮抗薬の差があまりないという結果を受けて,心筋梗塞後はβ遮断薬の使用が推奨される。これにACE阻害薬を併用する。糖尿病,心不全など他の合併症もある場合が多いが,この基本2剤を中心に他の合併症を考慮に入れながら高血圧の治療薬を組み立てる。

3)糖尿病
 降圧目標は130/80mmHg以下。糖尿病患者における高血圧の治療には必ずACE阻害薬もしくはARBを使用すべきである。DETAIL(NEJM2004.[PMID:15516696])に示されるように腎保護作用があり,微量アルブミン尿もしくは蛋白尿を呈している際には特に重要である。IDNT(NEJM2001.[PMID:11565517])またRENAAL(NEJM2001.[PMID:11565518])によると,ARBでもACE阻害薬と同様の効果を認めるようだ。ACE阻害薬とARBの併用はONTARGET(NEJM2008.[PMID:18378520])に基づき推奨されない。単剤ではコントロールできないことが多いために他のクラスの治療薬を併用することが多いが,この際にはACCOMPLISH(NEJM2008.[PMID:19052124])に基づき,Ca拮抗薬であるアムロジピンを併用することが推奨される。さらに治療薬を追加の場合はサイアザイド系利尿薬,β遮断薬などを考慮する必要がある。心筋梗塞・心不全などを合併している際にはβ遮断薬の併用が推奨されることは覚えておく必要がある。

4)慢性腎臓病
 慢性腎臓病においても降圧目標値は130/80mmHg以下である。単剤にて高血圧を管理するのは難しい。ACE阻害薬もしくはARBは腎臓病の進行を遅らせることが知られているため,組み合わせの中に含めることは重要である。これに利尿薬を併用するときはGFRが30mL/分/1.73m2以上であればサイアザイド系,30未満ではループ利尿薬の使用が推奨されている(K/DOQI:Am J Kidney Dis2004.[PMID:15114537])。これにさらに降圧薬を追加する場合,蛋白尿を呈する腎臓の保護作用が報告されている非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(ジルチアゼムやベラパミル)を使用することがある(Kidney Int2004.[PMID:15149313])。一方でジヒドロピリジン系Ca拮抗薬で腎保護作用を示すとした研究が日本であるため,さらなる研究報告が待たれるところである(Kidney Int2007.[PMID:17943080])。

5)冠動脈疾患の高リスク
 ALLHATのほかに,HOPE(NEJM 2000.[PMID:10639539])とEUROPA(Lancet2003.[PMID:13678872])がベースとなり,ACE阻害薬を第一選択薬に推奨することが多い。しかし冠動脈疾患のリスクが高い患者に対してはその背景疾患に応じて降圧薬の選択をすべきである。例えば心筋梗塞の既往があればβ遮断薬とACE阻害薬は必ず必要になってくると思われるし,糖尿病の合併があるのならばACE阻害薬,これだけでコントロールのつかない場合はCa拮抗薬を選択するなど。

6)脳血管障害の再発予防
 脳血管障害の慢性期における高血圧コントロールは利尿薬(サイアザイド系)+ACE阻害薬が基本である(PROGRESS:Lancet2001.[PMID:11589932])。患者が有する他の合併症など個々の背景も考慮すべきだが,良好な血圧のコントロールは重要だ。降圧薬のクラスによる違いよりも厳格な血圧管理が重要視されるため,JSH2009ではCa拮抗薬も推奨されているが,MOSES(Stroke2005.[PMID:15879332])のようにARBに比べてCa拮抗薬が死亡率や心疾患や脳血管障害の再発率などで劣る結果を出した研究もあるため,その判断は難しい。

診療のポイント

・降圧薬の各適応を把握する。
・患者の背景にある合併症を考えながら適応となる降圧薬を組み合わせる。

この症例に対するアプローチ

 この患者の高血圧は糖尿病,心筋梗塞の既往により,組み立てはACE阻害薬+β遮断薬となる。心筋梗塞後の心機能はエコーで確認する必要はあるだろう。この患者はEFが45%程度であった。カルベジロール2.5mgを1日2回から,リシノプリル5mgを1日1回から開始して目標血圧まで投与量を上昇させていく。収縮機能が低下し,うっ血の症状が出るのならばフロセミドを低用量から開始してもよい。EFが40%以下もしくは心不全の臨床的症状が出るようならば,アルドステロン拮抗薬のよい適応となるだろう。

Further Reading

(1)日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2009.ライフサイエンス出版,2009.
(2)Chobanian AV, et al. The Seventh Report of the Joint National Committee on Prevention, Detection, Evaluation, and Treatment of High Blood Pressure:the JNC 7 report. JAMA. 2003;289(19):2560-72.[PMID:12748199]
(3)Major outcomes in high-risk hypertensive patients randomized to angiotensin-converting enzyme inhibitor or calcium channel blocker vs diuretic:The Antihypertensive and Lipid-Lowering Treatment to Prevent Heart Attack Trial(ALLHAT). JAMA. 2002;288(23):2981-97.[PMID:12479763]

つづく

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