医学界新聞

連載

2010.01.11

レジデントのための
Evidence Based Clinical Practice

【13回】 市中肺炎へのアプローチ

谷口俊文
(ワシントン大学感染症フェロー)


前回よりつづく

 今回は内科疾患の中で最も重要な,肺炎に関するさまざまなエビデンスを学びます。簡単にみえる治療でも,治療薬の選択,治療期間や経口抗菌薬への切り替えなど考えることがたくさんあり,実は多くのことについてエビデンスが確立していない分野でもあります。

■Case

 76歳の女性。7日前から上気道炎症状を呈し近医にて治療を受けていた。前日より呼吸苦,左側の胸痛と悪寒が認められたため搬送されてきた。初診時38.8℃,脈拍数110回/分,呼吸数24回/分,血圧90/60mmHgで左側のラ音と左側下肺野における呼吸音の減弱あり。白血球数21,000/mm3で,分画は好中球が90%だった。なお,病院のアンチバイオグラムでは肺炎球菌の41%がペニシリン耐性であり,マクロライドに対しても同程度の耐性がある。

Clinical Discussion

 まずは入院の基準を考える必要がある。肺炎を呈するすべての患者が入院を必要とするわけではない。この患者にはどのような抗菌薬の選択をすべきだろうか? もっともよくみられる肺炎の起因菌は? 薬剤耐性の肺炎球菌にはどのような抗菌薬の選択を行うべきなのだろうか?

マネジメントの基本

入院決定の指標
 British Thoracic SocietyによるCURB-65(表1)が使用しやすい。PSI(Pneumonia Severity Index)と比較しても低リスク患者の確認には差があまりなく,高リスク患者における死亡率の予測に関してはCURB-65のほうが優れていた(Am J Med. 2005[PMID:15808136])。CURB-65の基準を2つ以上満たした場合には入院が必要となり,3つ以上満たした場合にはICUにて初期治療をすることが多い。実際にはICU入院の基準として表2もよく用いられる。しかし,患者個々の背景に合わせて判断することも大切である。

表1 CURB-65(各1点)

Confusion(昏迷)

見当識障害
Uremia(尿毒症) BUN>20mg/dL
Respiratory rate
(呼吸数)
呼吸数 30回/分以上
Blood pressure
(血圧)
収縮期血圧90mmHg以下あるいは拡張期50mmHg以下
65 65歳以上

表2 重症市中肺炎の診断基準(文献(1)より抜粋)

Major Criteria
侵襲的人工呼吸
昇圧薬を必要とする敗血症性ショック
Minor Criteria
呼吸数≧30回/分
動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度(PaO2/FIO2)比≦ 250
複数の肺葉に浸潤影
昏迷/見当識障害
尿素窒素(BUN)≧20mg/dL
白血球減少(WBC<4,000/mm3
血小板減少(Plt<10万/mm3
低体温(核心温<36゚C)
アグレッシブな輸液が必要な低血圧

・Major Criteriaのいずれかを満たすときにはICU入室。
・Minor Criteriaの3項目以上該当する患者はICU入室が推奨される。

治療までの時間
 診断からなるべく早く治療を開始すべきである(文献(1))。なるべくならば病院到着後4-6時間以内に抗菌薬投与を開始したい(Arch Intern Med. 2004[PMID:15037492])が,肺炎の鑑別診断やワークアップを怠ってはいけない。培養は必ず取ること。重症肺炎や敗血症性ショックを呈するような場合は病院到着後1時間以内に抗菌薬を開始することが望ましい(Crit Care Med. 2006[PMID:16625125])。

治療薬の選択
 市中肺炎の重要な起因菌は肺炎球菌,インフルエンザ桿菌,マイコプラズマ,クラミジア,モラキセラ,レジオネラである。その中でも肺炎球菌による肺炎の頻度が高いため,これを外さないエンピリックな治療(疫学的予想や患者背景に基づいて起因菌が同定されるまでに投与する抗菌薬)が必要である。レスピラトリーキノロンは広範囲にカバーするが,キノロン耐性の問題や,結核も治療できてしまうために結果的にこれをマスクしてしまい診断が遅れることも考慮して,通常はエンピリックの第一選択としては用いない。肺炎球菌に対してはマクロライド耐性が問題になっているためマクロライド単剤で治療することは推奨されない。ペニシリン系に対する耐性と異なりマクロライドは用量を増やしても治療効果が上がらない。

基礎疾患のない患者の市中肺炎治療の処方例

外来:アモキシシリン1gを1日3回±アジスロマイシン500mg1日1回経口
一般病棟:セフトリアキソン1gを1日1回静注+アジスロマイシン500mg1日1回経口
ICU:セフトリアキソン2gを1日1回静注+アジスロマイシン500mg1日1回経口
(アジスロマイシンの服用が困難ならシプロフロキサシン400mgを12時間ごとに静注)

 Definitive Therapy(後に同定された起因菌を標的とした抗菌薬への切り替え:De-escalationとも言う)を行うために,適切な抗菌薬に切り替えることも重要である。De-escalationを行うことで死亡率が低下したり病院滞在日数が短くなったりするわけではないが(Thorax. 2005[PMID:16061709]),コストや耐性菌選択圧などを減らすなどその意義は重要である。

 最も大切なのは,感染症疾患の疫学はダイナミックに変化していくという認識を持つことである。CA-MRSA(Community Associated MRSA)は市中肺炎の重要な起因菌として認識されつつある。特にインフルエンザ罹患後の細菌性肺炎の重要な起因菌として黄色ブドウ球菌は考えておかなければならない。PVL(Panton-Valentine leukocidin;白血球溶解毒素)が産生しているタイプは重症化しやすく早期治療が大切である(文献(3))。

経口抗菌薬への切り替え
 米国ガイドライン(文献(1))では「患者の血行動態が安定し,臨床症状が改善傾向を示し,経口薬の服用が可能で消化管機能が正常ならば,静脈投与から経口投与に切り替えるべき」としており,これに準ずればいいのではないかと思われる。数は少ないが,その根拠になる臨床研究がいくつか存在する(BMJ. 2006[PMID:17090560], Am J Med. 2001[PMID:11583639])。

治療期間
 これに関してはエビデンスが少ない。文献(1)では最低5日間,少なくとも48-72時間は解熱しており市中肺炎関連の症状安定の基準(表3)を満たさない項目が0-1個の場合は治療終了としている。しかし『熱病』に掲載されている起因菌ごとの投与期間(表4)はこれと異なる。この表もまったく根拠がないので利用の際は十分気をつける必要がある。3日間と8日間の抗菌薬投与を比較したオランダのデータは,治療が当たっていれば3日間でも治療効果は同等とした(BMJ. 2006[PMID:16763247])。米国では,エビデンス確立のためにNIAID(National Institute of Allergy and Infectious Diseases)がスポンサーする臨床研究が始まろうとしている。現状では,最低5日間治療し,患者個々の状態に応じて判断するのが望ましいと考える。

表3 肺炎の症状安定の基準(文献(1)より抜粋)

・体温≦37.8゚C
・脈拍≦100回/分
・呼吸数≦24回/分
・収縮期血圧≧90mmHg
・SaO2≧90%またはPaO2≧60mmHg
・経口摂取可能
・意識状態正常


表4 起因菌ごとの肺炎治療期間

肺炎球菌による肺炎

3-5日間平熱が続くまで(最低5日間)
その他市中肺炎 最低5日間かつ2-3日間平熱が続くこと
緑膿菌・エンテロバクターによる肺炎 21日間,42日間まで投与することもある
ブドウ球菌による肺炎 21-28 日間
レジオネラ,マイコプラズマ,クラミジア 7-14 日間
(The Sanford Guide to Antimicrobial Therapy 2009 Table 3.より抜粋)

診療のポイント

・入院の基準はCURB-65を利用するのが簡単である。
・地域の疫学,患者の背景に応じて決定したエンピリックな治療をなるべく早く開始する。
・培養を必ず取り,結果に基づきDe-escalationを行う。
・治療は最低5日間行う。患者個々の病状に合わせて決定する。

この症例に対するアプローチ

 CURB-65より入院の適応と判断。肺炎球菌その他をカバーする抗菌薬の選択としてセフトリアキソンとアジスロマイシンでの治療開始を考えていた。ところが詳細な問診にて,近医にて処方され服用していたのはタミフル®であったことが判明。喀痰培養,血液培養を採取後,黄色ブドウ球菌による感染も考慮。高齢でありエンピリックな抗菌薬を選択する際に起因菌を外した場合,死亡率が高いため,セフトリアキソンとアジスロマイシン,バンコマイシンの投与を開始した。

Further Reading

(1)Mandell LA, et al. IDSA/ATS consensus guidelines on the management of community-acquired pneumonia in adults. Clin Infect Dis. 2007;44 Suppl 2:S27-72.[PMID:17278083]
(2)Niederman M. In the clinic. Community-acquired pneumonia. Ann Intern Med. 2009;151(7):ITC4-2-ITC4-14;quiz ITC4-16.[PMID:19805767]
(3)Defres S, et al. MRSA as a cause of lung infection including airway infection, community-acquired pneumonia and hospital-acquired pneumonia. Eur Respir J. 2009;34(6):1470-6.[PMID:19948913]
↑CA-MRSAと市中肺炎に関してよくまとまっている。

つづく

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