カリフォルニア州の財政危機と医用マリファナ(李 啓充)
連載
2009.09.14
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第159回
カリフォルニア州の財政危機と医用マリファナ
李 啓充 医師/作家(在ボストン)(2844号よりつづく)
カリフォルニア州が深刻な財政危機に陥っている。世界規模の金融危機の影響で歳入不足が深刻化,2009年2月以降は現金不足に陥り,州政府は,支払いに「借用書(IOU)」を充てる事態となっていた。
州予算が成立したのは予算年度が始まってからほぼひと月たった7月末,240億ドル(2兆4000億円)の財政赤字を解消するために,福祉・医療・教育等,州民の生活に直結する分野で大幅な予算カットが行われた(アーノルド・シュワルツェネッガー知事は,財政危機をアピールするTVコマーシャルで文字通り「大なた」を振り回し,予算カットの必要性を強調した)。
カリフォルニア州を「国」とみなした場合,そのGDPは世界第8位の規模になると言われている。「大国」カリフォルニアの財政危機が,米国ひいては世界経済に与える影響の大きさが懸念されるゆえんである。
さて,深刻な税収不足に見舞われるカリフォルニアで,いま,真剣に討議されているのが「医用マリファナ」に対する課税である。現在,同州における「マリファナ」の売り上げは年間140億ドルに達すると見積もられ,「農業」部門で最大の「商品」となっている(「合法」農業部門で最大の売り上げを占めているのは乳製品だが,年間73億ドルにすぎない)。州税務局は,もし医用マリファナに課税した場合,年間13億ドルの税収増になると見積もっている。
アメリカ医師会が示した「マリファナの医学的効用」
麻薬として取り締まられるべきマリファナが「医療に使われる」と聞いて,驚かれた読者も多いのではないだろうか。しかし,モルヒネの例を見てもわかるように,快楽を追求する目的で使えば犯罪となる薬品が,医療の場で治療目的に使用されることは決して珍しいことではなく,「マリファナの医療目的使用」も,実は,驚くには当たらないのである(註)。
以下,マリファナの医学的効用について,アメリカ医師会学術委員会が2001年にまとめた報告書に準じて列挙する。
*HIV感染患者の「消耗症」改善(食欲増進効果)
*癌化学療法副作用の嘔気・嘔吐の軽減
*緑内障における眼圧軽減
*多発性硬化症等の痙性疼痛軽減
*鎮痛効果
一方,懸念される「薬物依存症」であるが,アメリカ医師会の報告書は,「使用者が依存症となる割合は,アルコール,ニコチンよりも低く,禁断症状も軽度」としている。
ところで,なぜ,アメリカ医師会学術委員会が2001年に報告書をまとめたかというと,1996年にカリフォルニア州が住民投票(「提案215」)でマリファナの医療目的使用合法化を決めたことをきっかけに,全米で医用マリファナをめぐる議論が加熱,医師会としての立場を明確にする必要にせまられていたからだった。
アメリカ医師会は上記学術委員会の報告に基づいて,米国政府に対し,(1)マリファナの医学的効用を明確化するための研究推進,(2)(錠剤など)吸引によらない投与法の開発,(3)医療者・患者の刑事訴追からの除外等を勧告したが,これに先だって,1999年には,アメリカ科学アカデミー・医学研究所も同様の勧告を行っていた。
もうひとつの治療効果
と,学術団体も,医師団体も,マリファナの医療使用については公式に「オープンな」姿勢を表明しているのだが,問題は,連邦法がいまだに「マリファナは違法薬剤であり,その使用は犯罪」と規定していることにある。現在,医療用マリファナを合法化している州は,13州に達しているが,州法レベルでは「合法」であっても,連邦法レベルでは「違法」というコンフリクトが生じているのである。
このような状況に対して,ブッシュ政権は,「マリファナの合法化などとんでもない」と,例えば,カリフォルニアの医療マリファナ販売所に連邦当局による家宅捜索を繰り返すなどして,「何が何でも犯罪として取り締まる」姿勢を貫いた。さらに,2005年には,連邦最高裁が「たとえ州法レベルで医用マリファナが合法化されていても,連邦法が違法薬剤として規定している以上,連邦法が優先する」とする判断を下し,ブッシュ政権の「取り締まり」姿勢を後押しした。
ところが,選挙運動中,「恩恵を被っている患者がたくさんいるというのに,『効く』薬を使えないようにするのはいかがなものか」と公言していたオバマが大統領に就任,状況は一変した。2009年3月には,新司法長官のエリック・ホルダーが「医療マリファナ販売所に対する家宅捜索はしない」と宣言,ブッシュ時代の「取り締まり」方針から決別することを明らかにしたのだった。
今回のカリフォルニアの「マリファナ課税案」も,連邦レベルでの政治状況が変化したことに後押しされているのだが,州より一足先に,7月22日,オークランド市が,住民投票で「医用マリファナへの課税」を決定,課税推進派を勢いづけた。一方,反対派は,「課税はマリファナの全面合法化に道を開く。今でも,医療目的の使用と言いながら,9割以上の使用者は医師にいいかげんな症状を申し立てて処方箋を入手,『娯楽』目的で使っているではないか」と,焦燥感を強めている。
これに対し,課税推進派は「酒類・たばこを合法とし,課税していることと何ら変わりはない。治療上の御利益という点ではマリファナのほうがはるかに優っているし,健康への害ということでいえば,アルコール・たばこのほうが有害ではないか」と反論した上,州の財政危機に対する治療効果を強調,「課税しなかった場合,州の収入となるはずの13億ドルが煙と消えるのだぞ」と吠え立てているのである。
(つづく)
註:モルヒネがエンドルフィン・レセプターに結合して薬理作用を発揮するのと同様に,マリファナの主成分(カノビノイド)も,カノビノイド・レセプターに結合することで作用を発揮する。生体内に本来存在するレセプターへの結合を通じて薬効を及ぼす医薬品はごまんとあり,マリファナも何ら変わるところはない。
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