医学界新聞

連載

2009.09.28

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第160回

「90日・保証期間」付き心臓手術

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2846号よりつづく

 診療報酬支払い方式の主流が「出来高払い(fee for service)」であるのは,日本もアメリカも変わらない。

 そして,サービスの量(volume)に基づく診療報酬支払い方式の最大の欠陥が,「質(quality)」に対する報償が含まれないことにあるのは,古くから指摘されているとおりである。それどころか,例えば治療に伴う合併症の発生率が高い医療施設ほど合併症に起因する診療報酬で経済的に潤うことが可能であるため,「質の悪い医療を提供する施設ほどもうかる」事態さえ招来しかねない。

 出来高払いに内在するこういった欠陥を克服する目的で,現在,「革命的な」診療報酬支払い方式に取り組んでいるのが,ペンシルバニア州北東部ダンビル市に本拠を置く「ガイシンガー・ヘルス・システム(以下,ガイシンガー)」である。

 ガイシンガーは,非都市部の医療施設としては米国最大の規模を誇り,その創設は1915年にさかのぼる。創設時の施設長は若き外科医のハロルド・フォス(当時32歳),メイヨー・クリニック創設者,ウィリアム・メイヨーの直弟子だった。フォスは,その後43年の長きにわたって指揮を執り続けたが,「医師主導」の運営体制で知られるガイシンガーの企業文化の基礎は,フォスの時代に築かれたものと言ってよい。

「厳しいおきて」とめざましい効果

 さて,ガイシンガーで行われている革命的診療報酬支払い方式であるが,ひと言で言うと,「90日の保証期間」付き医療である。2006年2月,冠動脈バイパス手術(ただし,待機手術のみ)で始められたこの方式,眼目は「術後90日,『保証期間』中の合併症については診療費一切無料」という点にあった(註1)。

 出来高払いとは正反対に,「術後合併症や再入院が医療施設に経済的損失を及ぼす」仕組みであるので,損失を免れるためには,なんとしても合併症や再入院を減らさなければならない。では,ガイシンガーがどうやって合併症・再入院を減らしたかというと,米国心臓外科学会・米国心臓学会のガイドラインを子細に検討した上で「絶対に履行されなければならない40のプロセス」を同定,すべての患者についてこれを完全履行することを決めたのだった(註2)。

 「ProvenCare」の名称で始められたこのプログラム,例えば,「術前に実施されるべきプロセスが一つでも実施されていなかった場合,手術は延期」という厳しい「おきて」が定められたが,その効果はてきめんだった。完全履行を決めた40のプロセスにおいて,ProvenCare開始前の履行率は59%に過ぎなかったのに,同プログラム開始後,わずか半年で履行率100%を達成したのである。

 もっとも,「厳しいおきて」とはいっても,医師たちに「cookbook medicine」を強制したわけではなかった。例えば40のプロセスに含まれるある検査をしなかった場合,「なぜその検査をしなかったのか」という理...

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