医学界新聞

連載

2009.08.24

漢方ナーシング

第5回

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

処方が決まる(1)

田原英一(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)


前回よりつづく

 前回まで五感を駆使した診察方法,四診を詳説しました。今回からは処方の基本的な考え方を解説します。

図1 証の決定
 漢方医学的な診断を証といいます(図1)。証は漢方医学的な指標でとらえた病態で,例えば診察(四診)で得た情報から「小青竜湯証」,「八味地黄丸方剤(処方)証」などの病態診断を行い,該当する方剤(処方)を投与すると治療効果が出ます。診断名であり治療法でもあるのが特徴です。

 治療効果がみられなかった場合は,その証(診断)が間違っていたということになり,再び四診をして情報を収集し,漢方医学的に分析します。しかし,特に急性疾患では時間経過とともに病態が刻一刻と変化していく場合があり,まさに「枕頭に侍り」診察,処方をすることもあります。病気になると熱が出たり,吐いたりお腹を下したり,あるいは痛みが出たりとさまざまな反応を起こしますが,証は人が病気になったときに陥りやすい生体の複合反応パターンを見ているのかもしれません。

四診から陰陽を絞り込む

 まず,四診から陰陽,虚実を判定していきます。主に熱性・活動性・発揚性の状態は陽証の病態,主に寒性・非活動性・沈降性の状態は陰証の病態と判断します。暑がり・赤ら顔・冷たい水を好む・冷やすと具合がよい場合は陽証であり,寒がり・顔色が悪い・温かい湯茶を好む・温めると具合がよい場合は陰証と考えます。

 一般に急性疾患は陽証から始まり,陰証へと移行する傾向がありますが,慢性疾患では既に陰証の状態で受診される方のほうが多いようです。この際,陰陽が入り混じって判別しにくい場合がありますが,私は後述する気血水の異常なども合わせて,全体的に整合性の高いほうを証として診断しています。

陰陽をさらに六病位に絞り込む

図2 陰陽と表裏と六病位の治療原則
 この後,さらに陰陽3つずつの病期「六病位」に絞り込みます(図2)。陽証であれば部位診断を行い,皮膚,関節,筋肉などの体表の症状であれば太陽病を,胸から上腹部の症状なら少陽病を,小腸から大腸の症状なら陽明病を考えます。陰証で冷えて腹部症状が主なら太陰病を,全身症状が主なら少陰病を考えます。厥陰病は診断が難しいので,何か一般的でない,おかしいと思ったときに考えることにします。

 まず陽証ですが,病気の初期は体力がありますので,温熱産生は良好なことが多いようです。太陽病期は体表面を病気の主座とする時期といえます。その主徴は頭痛,発熱,悪寒,関節痛などです。かぜの初期症状をイメージしてもらうとわかりやすいと思います。この時期には身体の表面の新陳代謝を良くして,結果として発汗させることとで病気を追い払おうとするのが治療の主眼になります。次のステージは少陽病期で,かぜをこじらせてしまったような状態に一致します。すなわち,咳,痰といった胸部症状と食欲不振,嘔気などの上腹部症状です。舌に白苔が増えたり,肋骨弓下に不快感を覚えるのも特徴です。少陽病期は柴胡や黄芩といった抗炎症的な薬剤で炎症を鎮めるのが治療の主体で,慢性疾患では少陽病期と一致することが多いといえます。次に熱が身体にこもり,高熱を発する時期は陽明病期と呼ばれ,陽証の極といえます。陽明病期では強い口渇や著しい発汗,強い便秘などがみられます。しかし,慢性疾患ではそれとわかる発熱がみられないこともあり,注意が必要です。この時期には強力に熱を冷ます石膏などや,下痢により熱毒を体外に排出させる大黄を使用します。

 次に陰証ですが,病気が長引き抵抗力(元気)が落ちることで温熱産生が低下し,冷えが目立つようになった状態をいいます。陰証の始まりは太陰病で,特にお腹が冷えて腹痛,腹満,下痢などの腹部症状を呈するようになります。より悪化すると冷えは全身に及び,その時期を少陰病期といいます。その結果,すぐにでも横になりたいような全身倦怠感を訴え,手足は冷たく,脈も細くて弱いものになります。さらに病状が悪化すると,生体が最後の力を振り絞って抵抗を見せます。その時期を厥陰病期といい,全身を触ると冷たいのに赤ら顔であったりと,一見陽証に見えることもあります。死期が迫った方が亡くなる直前に家族と会話や食事をし,いったん良くなったかにみせてその後急変することがありますが,それはまさしく厥陰病といえます。陰証は程度の差こそあれ,いずれも内臓の冷えが原因ですので,乾姜や附子といった温熱産生作用のある生薬を使います。

虚実による絞り込み

 さて陰陽から六病位の診断を一つの軸として,さらに虚実というもう一つの軸で処方を絞り込んでいきます。例えば太陽病期の虚実は主に発汗の有無で確認します。つまり身体の表面での闘病反応が激しいときには汗が出ません。インフルエンザなどで熱が出たときは汗が出ませんね。

 このとき太陽病で実証の方剤というと3つくらいしかありませんので,かなり証に近づけたといえます。ここから,それぞれ候補となった証の特徴的症候を鑑別することで,証を決定できます。前述の太陽病実証では,ひどく苦しがる(煩躁)なら大青竜湯,関節痛があるようなら麻黄湯,項のこわばりが強いようなら葛根湯を処方すべき病態と診断します。太陽病期以外では,脈や腹の反発力などを参考にしますが,脈と腹は一致しないこともあり,その他の所見,例えば姿勢や声の調子,目に力があるかなども参考にして総合的に診断します。

気血水による絞り込み

 さらに確実性を高めるために「気血水」の失調を参考にします。

 漢方医学では気血水という循環要素が身体を巡って調和を得ていると考えられています。気は身体を維持するエネルギーのようなもので目に見えませんが,不足したり,部分に滞ったり,逆走する病態があると考えています。気が不足した病態は気虚と呼ばれ,体がだるい・疲れやすい・気力がないなどの症状があります。気の停滞は気滞や気うつと呼ばれます。局所に気が停滞することで,頭冒感・咽の痞え感・胸満感・腹満感などを訴えます。気の逆走は気逆と呼ばれ,顔面紅潮・動悸発作・嘔吐・激しい咳嗽などを呈すると考えられています。

 血は体を巡る赤い液体ですが,主に物質面を支えると考えられています。現代医学における血液に近いのですが,そうでないところもあります。血の不足はちょうど貧血のように集中力の低下や,目の疲れ,皮膚の乾燥・荒れ,爪の異常などを呈します。血がスラスラと流れていない状態は瘀血と呼ばれます。瘀血は皮膚粘膜の暗赤色化や臍周囲の圧痛,痔,女性なら月経障害などのほか,さまざまな精神神経症状を呈します。水は体を巡る無色の液体とされ,その異常は水毒あるいは水滞と呼ばれます。水は尿・汗・唾液・胃液・関節液・胸腹水など血以外のさまざまな水性成分を指し,その失調によりそれぞれの成分の増減とそれに伴う症状を呈します。内耳性のめまいなどは水毒症状と考えられています。

看護のポイント
気の異常はしばしば朝方調子が悪く,また時間により病変部位が移動する傾向があります。血の異常は比較的固定性で,夜間に症状を訴える傾向があります。水の異常は多様ですが,気候の変化に左右される傾向があります。これらを念頭において患者さんと接すると病態認識がしやすいと思います。

 上記の考え方で,例えば「少陽病で虚証,瘀血を主とする方剤」ということで候補を絞り込んでいきます。とはいえ,まずは四診が十分でないと情報を収集することができません。さらに情報を漢方医学的な物差し(陰陽虚実,六病位,気血水など)で整理,分析する必要があります。次にそれらの特徴に合致する処方を知っている必要があります。処方の大まかな陰陽虚実,六病位での位置関係,気血水の失調のほか,処方に特異的な症状症候がわかれば絞り込みやすくなります。次のステップとしては,処方の構成生薬と薬理作用(漢方医学的,現代医学的)を知っていることが必要になります。

その他のアプローチ

 患者さんの訴えには当然主症状が存在しますので,まず主症状を改善し得る処方を考える必要があります。漢方の先人たちはこんなときに便利な経験則を残してくれています。「この部位に圧痛があればこの処方」といった,マニュアル的な言葉(口訣)が多数伝えられているのです。この口訣を頼りに処方する場合がありますが,ただ,無効の場合は修正が効かないという弱点もあります。また,現代医学で明らかなエビデンスを頼りに処方する機会もあると思います。そして,どうにも膠着状態のときには,まず治せるところから治すというアプローチもあります。いろいろ試みてもうまくいかないときでも,例えば食事をきちんと摂れるようにする,睡眠を十分にする,排泄を順調にするなど,一見主症状と関係がない習慣を改善することで,徐々に症状に好転がみられる場合があり,漢方治療の奥行きを感じます。

つづく

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