医学界新聞

連載

2009.09.21

漢方ナーシング

第6回

大学病院を中心に漢方外来の開設が進む今,漢方外来での診療補助や,外来・病棟における患者教育や療養支援で大切にしたい視点について,(株)麻生 飯塚病院漢方診療科のスタッフと学んでみませんか。

五感を駆使しながら患者さん全体をみるという点で,漢方と看護は親和性が高いようです。総合診療科ともいえる漢方診療の考え方は,日常業務の視点を変えるヒントになるかもしれません。

処方が決まる(2)

田原英一(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)


前回よりつづく

 前回,漢方診療では望・聞・問・切の四診を駆使して,証の判定にかかわる情報を収集し,それらを陰陽,虚実,六病位,気血水などの漢方医学的なものさしで評価し,その病態に適応する漢方方剤を決定していることをお話ししました。他に,臨床経験上の秘訣である口訣を参考にする場合や,症候・現代医学的診断を参考にする場合についても触れました。

 症候・病名と証
 例えば図に示すように,肌荒れ・黄色帯下・月経時痛などの症状や,脈の充実や臍傍部の抵抗圧痛,病名として子宮筋腫,さらにその他の情報から少陽病の実証で瘀血病態がある(),すなわち桂枝茯苓丸の適応病態(桂枝茯苓丸証)と診断したとしましょう。その際桂枝茯苓丸で治療して,肌荒れが改善したり,黄色帯下が消失,月経時痛の軽減を認めれば,これが桂枝茯苓丸の適応病態であったと確認することができ,また桂枝茯苓丸証であったとの診断が確定することになります。逆に治療効果がなければ誤診になり,再び四診で症状症候を調べる必要があります。このように正しい証診断にたどり着くために,時間がかかることもあります。

効果判定

 風邪などの急性疾患では,10-15分もあれば臨床症状・所見に何らかの改善が認められ効果判定が可能ですので,30分以上経過して何も改善がなければ漢方治療(処方,服用方法,養生など)に誤りがないかを疑います。

 慢性疾患では,病気の性質やこれまでの経過によって,十分な治療効果を得るためには時間を要することが多いのですが,一般的には5-7日程度服用しても何の変化もなければ治療法を再確認すべきでしょう。ただ,主症状に変化がなくともほかに改善点が見られる場合(例えば脚の痛みは変わらないが食欲が出てきたなど)は,総合的な治療効果の判定を遅らせてしばらく様子をみてもよいと思います。

 病気の性質にもよりますが,急性疾患では病態が完全に改善すれば治療終了となりますが,慢性疾患の場合は症状症候の改善のほかに,漢方医学的所見に正常化が確認されるまで治療する場合があります。あるいは季節による変動を考慮し,疾患の寛解から1-2年治療を継続することもあります。

効果判定上の注意点

●効果の発現は一般的に,自他覚症状の改善が先行することが多く,検査データなどは遅れることが多いようです。まずは症状に注目します。

●漢方診療は五感に重きが置かれ,症状症候の改善という治療効果の確認があって診断が確定するという原則から,服薬によって自他覚的な不快や検査データ異常は起こらないはずです。つまり,治療により悪影響が出ることはないのが原則です。服薬により吐き気が出るが必要だから我慢して続けるといった,多少の好ましからざる作用は我慢せよという治療方針は誤っていることが多いと思います。

●まれに服薬後に予期せぬ症状の悪化が出現し,その後に著明に症状症候が改善することがあり,これを瞑眩と呼び,一種の好転反応と考えられています。この症状の一時的な増悪は,もともとの症状が増悪して起こる場合が多いようです。例えば皮膚疾患で漢方治療中には,他の症状ではなく皮膚症状が増悪し,その後急速に改善することがあります。瞑眩を起こさせて治療を進める考え方もありますが,私たちは瞑眩を起こさせないようにして治療するほうが好ましいと考えています。ただ,瞑眩か副作用かの鑑別は非常に難しいと言えるでしょう。

●アレルギー体質が増えているせいでしょうか,残念ながら漢方処方による副作用も時折経験します。四診を用いた通常の証判定でも予見不可能な副作用が出現する場合があります。漢方医学的な経験の中で,あるいは現代医学の手法も交えて,予測が可能となった副作用については表1,2に示しますが,まれなケースでは症状症候が改善しているにもかかわらず,肝機能障害が出現することもあります。

表1(左) 生薬の作用と副作用
表2(右) 漢方方剤と副作用

具体的な生薬の注意事項

●「黄」は注意:麻黄(胃もたれ,不眠,動悸など),地黄(胃もたれ),黄芩(肝障害),黄連(冷え)など「黄」が付く生薬を含む方剤にはある程度注意を。

●甘草:甘草は多くの方剤に含まれ,人によっては偽アルドステロン症(低カリウム血症,浮腫,血圧上昇,ミオパシーなど)を起こす場合があります。

●附子・烏頭:トリカブトが起源植物で,温熱産生作用,鎮痛作用が強いのですが,過量になると動悸,のぼせ,口のまわりのしびれ,悪心などを起こすことがあります。

●大黄:瀉下作用がありますので,効果が過剰になると下痢をきたします。便秘に使うことが多いため,下痢した場合は目的が達成されたわけですので,副作用というよりちょっとお尻を拭く作用という感じでしょうか。

●その他:漢方方剤によるまれな副作用として間質性肺炎,肝機能障害,湿疹・皮膚炎,膀胱刺激症状などの報告があり,四診で症状症候に注意するほか,必要に応じて血液・X線検査なども定期的に実施する場合があります。

シックデイズルール

 慢性疾患ではしばしば複数の証が同時に出現することがあります。その際は体表面の症状(表証)から先に治療し,元々の内臓の症状(裏証)の治療は一時後回しにするのが原則です。風邪などで一時的に風邪の治療を優先する場合がこれに当たり,先表後裏と言います。ところが,内臓の症状(例えば激しい下痢など)が強い場合は先にそちらを治療すべきです。この場合は先急後緩と言います。いずれにしても,風邪などの新たな病態が出現した際には平素とは状態が異なるため,もともとの治療をいったん中止して新しい治療を優先することが多いようです。

治療がうまくいかないとき

 まれに陽証だった人が何らかの原因で陰証に落ち込んでしまう場合があります。普段は血圧が高くなるくらいバリバリ働いていた人が,仕事のストレスで急に強い倦怠感や冷えを訴える場合などは,まず茯苓四逆湯などの温補剤を先に服用して身体を温めた上で,もともとの治療薬を後から服用させることが必要になります。これを先補後瀉と言います。

 服用方法や食養生も重要な要素を占めますが,詳細については次回紹介します。患者が緊張のあまり脈や腹壁の抵抗が強くなり,そのため虚実の判定を迷う場合があります。患者をリラックスさせる,場合によっては所見を捨て去る必要が生じることもあります。迷った場合は虚証を先に考えたほうが安全なようです。実証に補法の誤治を行っても,虚証に瀉法を施すよりは体力を消耗せず,害が少ないと思われます。また前回もお話ししましたが,治せるところから治す(食事がきちんとできる,便通がちゃんとある,よく眠れるなど)ことも重要です。

西洋薬との併用の注意点

●風邪などの太陽病期の治療では温熱産生を援助し,早期に発汗させることが目的になりますので,安易な消炎解熱剤は逆効果になります。併用はやむを得ない場合に限られるべきでしょう。

●疼痛性疾患でも陰証の病態では消炎鎮痛剤だと冷やしてしまいますので,附子剤などとの併用は逆効果と言えます。

●甘草が含有された漢方方剤が多いため,低カリウム血症をきたしやすいループ利尿薬との併用は注意が必要です。

インフルエンザ漢方治療のコツ

悪寒,喉の痛みには麻黄湯が有効です。熱症状が強い場合には越婢加朮湯を1対1で混ぜるとよいでしょう。服用方法は,白湯にといて温かいうちに,回数は多め(最大3時間ごと)。解熱しても4回/日は必要です。早期なら2服前後で症状がかなり軽快し,服薬開始が遅れても,有効なら3日以内に軽快するはずです。1,2日の短期間では副作用の可能性は少ないですが,治ってからはむやみに続けないようにしましょう。

参考)http://aih-net.com/medical/depart/kanpo/iryou/konnatoki/004.html

つづく

:生体反応が熱性で,病変の首座が表面(表)から腸管(裏)へ移行していく過程の中間程度(半表半裏:胸部から横隔膜付近の諸臓器)のところにある病期を少陽病期という。またこれとは別に体内を巡る循環要素の一つである「血」がスラスラと流れず,滞ったためにさまざまな症状・症候を呈するとき,「瘀血」と呼ぶ。

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