医学界新聞

連載

2009.08.03

ノエル先生と考える日本の医学教育

【第3回】米国における医師数と配置の統制(後編)

ゴードン・ノエル(オレゴン健康科学大学 内科教授)
大滝純司(東京医科大学 医学教育学講座教授)
松村真司(松村医院院長)


2837号よりつづく

 わが国の医学教育は大きな転換期を迎えています。医療安全への関心が高まり,プライマリ・ケアを主体とした教育に注目が集まる一方で,よりよい医療に向けて試行錯誤が続いている状況です。

 本連載では,各国の医学教育に造詣が深く,また日本の医学教育のさまざまな問題について関心を持たれているゴードン・ノエル先生と,医師の偏在の問題や,専門医教育制度といったマクロの問題から,問題ある学習者への対応方法,効果的なフィードバックの方法などのミクロの問題まで,医学教育にまつわるさまざまな問題を取り上げていきたいと思います。


専門職組織が医師の臨床技能と知識を市民に保証する

大滝 米国では臨床研修とフェローシップの期間と内容について,とても明確な基準があることがわかりました。ところで,これはどのように実施されているのでしょうか。

ノエル 初期のジェネラルな研修のあと,専門科に進んだ研修医は研修病院の経費で訓練を受けます。研修医の給与は各研修病院で研修年次ごとに均一です。国が給与を統一させているわけではないのですが,すべての研修病院は毎年の給与額を報告するので,報告書にそれが示されています(註1)。

 オレゴン健康科学大学では,給与額は1年目の研修医(R1)に対する4万5600ドルから,8年目の研修医(R8)の6万3600ドルまで幅があります。研修医には,研究に費やした時間にも同様に給与が支給されます。というのは,研究の能力を磨くことを求める認定機構が多いのです。典型的な例を挙げると,消化器内科や感染症科の2年間のフェローシップでは丸1年の研究活動が必須になっていて,臨床での研修で得られる給与と同額がその期間も保障されます。応募者へのウェブ情報ページには研修とフェローシップの各プログラムの年間の給与額が示されています。

 米国における臨床研修の重要な特徴は,専門職組織により研修の基準が設定され,認証を受けた専門医が高いレベルの指導を受け,臨床技能(病歴聴取,身体診察,検査結果の解釈)と知識を備えていることを(機構による試験で)市民に保証する点にあります。各研修プログラムは,書面のカリキュラムとともに,学習や研究の機会,指導医による適切な指導の時間とそれに対する指導医への報酬,そして十分な「学習や研究の対象としての患者」,つまり研修医が将来診療するものすべてを研修できる症例が得られることを示さなくてはなりません。

外国医学部出身者が支えるへき地医療

大滝 日本では今,いくつかの科で医師の供給に問題を抱えています。とりわけへき地ではそれが著しいのですが,米国では医師を配置するのにどのような対策がとられていますか。

ノエル 研修を修了した専門医の数や配置の調整については,政府の対策はほとんどありません。ただし例外が2つあります。1つは,現在約4千人の医師やnurse practitionerなどがへき地や都市部の貧困地域のNational Health Service Corps(NHSC:全国医療サービス機構)で働いています。ここで勤務する臨床医は医学部の学費と諸費用を奨学金から支払っており,通常は基本的な臨床研修を済ませたあとで約4-7年間NHSCで働きます(註2)。もう1つの例外は,米国で研修するためのビザをとっている外国の医学部卒業生が,本国に帰る義務の免除を希望する場合です。これらの医師は,米国の永住ビザを申請できるようになる前に,通常は,貧困区域で7-8年働くことを要求されます(註3)。こうした医師の多くは専門医のフェローシップを終えています。

 米国では,へき地や都市部の貧困地区でジェネラリストもスペシャリストも不足している状態が長く続いています。研修病院は,研修医とフェローの助けを借りて,大都市の保険を持たない患者のケアにかなり対応してきました。しかし,研修医もフェローも,小さい町でのプライマリ・ケアの訓練プログラムを選択している者を除けば,へき地での仕事に配属されることはめったにありません。政府・自治体は,こうした医師不足の地域に新人医師を採用して定着させる方策を実施してきました。診療と引き換えに学生ローン(1年間の診療に対し1年分の学費を肩代わりする場合が多い)の返済,給与の上乗せ,病院・診療所の諸経費の一部負担,などです。にもかかわらず,へき地では内科医,小児科医,産婦人科医がかなり不足しています。この問題に医療過誤に対する保険料の高騰が加わって,事態はさらに複雑になり,貧しい親たちが受診する小さな診療所では危険を伴う処置や分娩を行うことが難しくなっています。へき地の多くでは,分娩にかかる経費が医療収入よりも高くなってしまうのです。

 米国でのもう1つの大きな問題は,民間や公的な健康保険が,手術や検査などの手技を中心とした医療に,より多く支払われる仕組みになっていることです。その結果,麻酔科や皮膚科,眼科,放射線科,心臓外科,胃腸科のような専門科と外科の臓器別専門科は,総合内科や小児科,家庭医療科およびその他の手技の割合が小さい専門科よりも高い報酬を得られるのです。米国の医学部卒業生がこのような好待遇の専門科の研修ポジションを埋める一方,プライマリ・ケア分野の研修ポジションの多くは空席となります。このため,小規模で収益の少ない研修病院の多くは,時には多数の研修医を外国から採用しています(註4)。例えば,2008年のマッチングでは4649人の海外の医学部卒業生が米国の研修医となりましたが,そのなかでは内科が最も多く,4858の研修ポジションに対し1720人が外国からで2660人が米国の医学部からでした。また,小児科では2295のポジションに439人が外国からで1610人が米国から,家庭医療では2387のポジションに891人が外国からで1156人が米国から入りました。これらの分野のマッチングでは,それぞれ数百の研修ポジションが埋まりませんでした。

 2008年では,米国の医学部卒業生の1万4359人が1年目の研修先とマッチすると同時に,外国の医学部卒業生が米国の1年目の研修ポジション全体の24%を占めました。この外国の医学部卒業生は,多くの患者,特に保険を持たない人々の診療に当たるだけでなく,研修修了後にはその多くが米国にとどまります。彼らなくしては,アメリカの医師不足はもっと深刻になったでしょうし,都市の中心部の研修病院や地域の小規模の研修病院で低コストの診療を支える研修医とフェローの数はさらに不足したでしょう。

医師の供給と配置における日米の違いとは

大滝 まとめると,医師の供給と配置を必要に応じて調整することに関して,日本と米国の大きな違いはどこにあるのでしょうか。

ノエル 日本と米国が共通に抱えている課題は,へき地や都市部の貧困地区で医師数を十分に確保するとともに,適切な専門医を確保することです。米国では医師配置のバランスをとるのに「市場」を頼りにしてきました。政府は医師に貧困地区での勤務を強制はしませんが,へき地や都市中心部の医師の給与ならびに地域病院の設置に補助を与えています。

 これは部分的には役立ちましたが,まだ医師不足は続いています。メディケアを通じて,プライマリ・ケアを研修するポジションを維持するための経済的なインセンティブを研修病院に与えてきましたが,先に述べたように,これらの多くが海外の医学部卒業生によって占められているのです。この状況は日本とは大変異なると私は思います。

 また,重要な違いの1つに,研修プログラムの質と医師の能力が,患者の利益を守る目的で専門職が組織した非営利団体によって設定されているということがあります。研修の期間や内容,労働環境,給与,評価とフィードバックが保証されている研修プログラムから研修先を選択することで,研修医もまた守られるのです。基準に満たないプログラムは改善あるいは閉鎖を要求されます。これについては別の機会にお話しいたします。

 あともう1つの違いは,ほぼすべての主要な分野,つまり小児科,内科,外科などでsubspecialtyを研修する前に,広範囲の総合的な研修が求められることです。高度な訓練を受ける専門医の数を制限した結果,プライマリ・ケアとセカンダリ・ケアの診療を非常に高いレベルで行える総合内科医と小児科医,家庭医が多数存在しています。加えて,医師が年齢を重ねても資格の更新が要求されるため,高いレベルの能力が維持されています。このように,米国ではプロフェッショナルの自己規制がより多く機能し,医学部や研修プログラムの基準に対する政府の規制がより少ないのです。

つづく

註1研修病院協議会ホームページを参照
註2http://nhsc.bhpr.hrsa.gov/about/
註3http://www.raconline.org/info_guides/hc_providers/j1visa.php
註4http://www.nrmp.org/data/index.html

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