医学界新聞

連載

2008.06.02

 〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第128回

格差社会の不健康(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2781号よりつづく

 世界一の大国・米国は,医療にもふんだんに金を使っている。例えば,GDPに占める医療費の割合15.2%は日本(8.0%)の約2倍,国民一人あたりの医療費5711ドルは,日本(2249ドル)の約2.5倍となっている。

 しかし,使っている額の巨大さに見合った成果を上げているかというと決してそんなことはなく,例えば,平均余命は日本の男78.4歳(世界2位)/女85.3歳(同1位)に対し,男74.8歳(同26位)/女80.1歳(同26位)と,はるかに劣る数字となっているし,乳児死亡率も日本の2.8(出生1000あたり,世界3位)に対し6.8(同29位)と,「世界一の大国」を名乗ることが恥ずかしくなるような情けない数字となっている(註1)。

米国医療の効率が悪い理由

 医療費の巨額さとは裏腹の結果の悪さからいえば,米国の医療は「世界一効率が悪い」と断言していいのだが,いったい,なぜ,こうも効率が悪いのだろうか? 理由の第一は「民」を主体とした医療保険制度を採用していることにあるが,民の保険が「非常に高くつく」特性を有することについてはすでに第122回で述べたとおりである(註2)。

 効率が悪い理由の第二は,「格差社会に暮らすことがもたらす健康被害」にあるのだが,例えば貧富の格差で見た場合,米国が,メキシコに次いでOECD加盟国中第2位の「格差大国」であることは第125回に示したとおりだ。収入・教育程度などの社会経済的地位(socioeconomic status)の格差が,肥満・糖尿病・高血圧・虚血性疾患など,さまざまな疾患の発症・増悪要因となっていることは広く知られているが,米国では,「格差社会のもたらす健康被害」が医療費を押し上げているだけでなく,平均余命や乳児死亡率のデータでも示したように,金をかけているのに「結果が出ない」ことの最大の要因となっているのである。

いつの間にか「格差大国」になった日本

 翻って日本の現況を見たとき,「一億総中流」という言葉が象徴したように,ちょっと前まで,日本の社会は格差とは無縁の平等なものだと信じられてきたが,第125回でも示したように,2000年時点で貧富格差はOECD加盟国中3位と,いつの間にか,米国と肩を並べるほどの「格差大国」にのし上がってしまった。こういった日本社会の「ありがたくない」変貌を考えたとき,格差社会に暮らすことでもたらされる健康被害の実情を見ておくことは,今後の日本の医療・社会の有り様を考えるうえでも,その意義は小さくない。そこで,今シリーズでは,格差社会がもたらす健康被害について論考を試みるが,まず,実例の第一として,米国における「新生児の体重格...

この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook