医学界新聞

連載

2008.06.16



〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第129回

格差社会の不健康(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2783号よりつづく

人種間の新生児体重差は遺伝が原因か

 妊産婦の総合的健康状態が,新生児の体重に反映されることはよく知られているが,前回,(1)収入・教育程度など,母親の社会経済的地位が低いほど低体重児出産のリスクが高い,(2)米国では低体重児出産のリスクが白人よりも黒人の母親で高い,(3)人種間のリスクの違いは社会経済的地位の影響では説明できないほど大きい,ことを示すデータを紹介した。人種間の低体重児出産リスクの違いが遺伝要因によるものかどうかを検証するために,デイビッドとコリンズは,米国生まれの黒人の母親と,(遺伝的にほぼ均質と考えられる)アフリカ生まれの黒人(移民)の母親とで新生児の体重を比較した。

 その結果を図に示したが,低体重児出産リスクが白人よりも(米国生まれの)黒人の母親の方で高かったデータと対応して,米国生まれの黒人から生まれた新生児の体重分布曲線は,白人の母親から生まれた新生児のそれと比べ約300g左方に偏位,米国では,母親の人種の別が,新生児の体重に大きな影響を与えていることが改めて確認された。一方,アフリカ生まれの黒人の母親から生まれた新生児の体重分布は,白人の母親から生まれた新生児のそれに酷似し,人種間の新生児の体重差を遺伝的要因で説明するのは難しいことも明らかになったのだった(註1)。

「米国育ちの黒人の母親」だけが持つ不利な環境要因とは

 デイビッドとコリンズは,さらに,移民一世と二世の母親の間で,人種別の新生児体重を比較したが,移民二世の白人の母親から生まれた新生児の体重は一世の白人の母親から生まれた新生児の体重よりも増加していたが,これと反対に,二世の黒人の母親から生まれた新生児の体重は一世の黒人の母親から生まれた新生児の体重よりも低下していた(註2)。つまり,新生児の体重差は,白人と黒人の遺伝的要因の違いでは説明できないだけでなく,同じ黒人でも「米国で生まれ育ったか否か」という環境要因が大きな影響を与えていることが明らかになったのだった。

 新生児体重の人種差に関するここまでのデータをまとめると, (米国で生まれ育った黒人の母親)<(アフリカで生まれ育った黒人の母親)=(白人の母親) という不等式に要約されようが,では,「米国で生まれ育った黒人の母親」だけが持つ不利な環境要因とは,いったい何なのだろうか? 新生児体重の人種差が,収入・教育程度の差などでは説明できないほど大きいものであることは前回も示したとおりだが,デイビッドとコリンズは,米国で生まれ育った黒人だけが持つ決定的に不利な環境要因とは「人種差別」以外には考えられないと結論づけたのだった。

恐ろしい「格差症候群」

 と,ここまで,社会経済的地位の格差(不平等)が健康被害をもたらす実例として「米国における新生児体重の人種差」にまつわるデータを紹介したが,ロンドン大学教授のマイケル・マーモットは,社会経済的地位(socioeconomic status)の格差に基づく健康格差を「格差症候群(status syndrome)」(註3)と名付けている。名付け親のマーモットがWHOのアドバイザーを務めている事実からも明らかなように,最近は「格差症候群」の存在が国際的にも広く認知されるようになったが,なぜ「格差症候群」が重要なのかというと,それは,個人的レベルで健康であろうとどんなに一生懸命に励んだとしても,格差に基づく健康被害から免れることが難しいからである。例えば,厳しい人種差別に生まれたときから曝されて育った米国黒人女性にとって,妊娠時にどんなに注意深く健康管理に努めようとも早産のリスクが高いという現実から逃れることができないように,「自己責任」ではどうにもならないからこそ,「格差症候群」は恐ろしいのである。

この項つづく

註1:N Engl J Med337:1209-14(1997)
註2:Am J Epidemiol155:210-16(2002)
註3::「地位症候群」とする逐語訳ではわかりにくいので,ここでは「格差症候群」と意訳した。

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