医学界新聞

連載

2008.03.03

 〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第122回

緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(3)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)

2769号よりつづく

 前回,国民負担率という言葉はmisleadingであると書いたが,その語感とは裏腹に,国民負担の実際を現さない数字であることを,国民負担率31.9%と,日本(39.7%)よりも「小さな政府」で国家を運営している米国の実情を見ることで説明しよう。

「中流」モデル世帯で日米を比較すると……

 ここで,租税・年金保険料・医療保険料について,実際にどれだけの額を負担しなければならないのかを日米で比較するために,「自営業者,課税収入700万円,世帯主年齢50歳,4人家族」という「中流」モデル世帯を考える。結果を表に示したが(金額は1年分の納入額,1万円未満は四捨五入,1ドル=106円で換算),所得税は,日本の97万円に対し,米国の連邦所得税99万円と,非常に似通った数字となる。次に,住民税だが,厳密にいうと,米国には日本の住民税に相当する税は存在しない。そこで,「所得を基に算定される地方税」ということで州税(ここでは私が住むマサチューセッツ州)をあてはめるが,日本の住民税70万円に対し,マサチューセッツ州の州税は37万円となる。さらに,年金であるが,日本の国民年金保険料17万円に対し,アメリカの場合,自営業者には「自営業者税」115万円が課税される(課税収入の15.3%。日本では年金「保険料」であるが,米国ではsocial security taxの名が示すとおり,年金「税」として徴収されるので,納入しない場合は「脱税」となる。日本と違って,加入漏れとか納入漏れとかいった類の「間の抜けた」現象は起こりえないのである。なお,自営業者税の内訳は年金税12.4%,高齢者医療保険税2.9%となっている)。

 日米国民負担比較(50歳,自営業,4人家族)
   課税収入700万円(1ドル=106円)として比較
  日本 米国
所得税
住民税(州税)
国民年金
医療保険
97万円
70万円
17万円
62万円
99万円
37万円
115万円
242万円
総計 246万円 493万円

 最後に医療保険料だが,この「中流」モデル世帯の場合,日本では国保と介護保険を合わせて上限額62万円を納入することとなる。これに対し,米国では,無保険者になりたくなかったら,民間の医療保険に個人で加入しなければならない。保険料は,保険の種類,居住地,保険会社の別などで大きく異なるが,マサチューセッツ州最大手の保険会社ブルークロス・ブルーシールド社が運営する保険の中から,日本の国保にいちばん近いタイプの保険(註1)に加入した場合,年間保険料は,242万円となり,日本の4倍近くとなる。というわけで,この「中流」モデル世帯の場合,租税および年金・医療保険料負担の総計は,日本の246万円に対し,米国は493万円と,日本のほぼ倍となっている。米国の国民負担率は日本より低いのに,租税・保険料などの実際の国民負担は日本よりもはるかに重く,国民負担「率」の数字が示すところとは正反対となっているのである。

本末転倒の主張

 なぜ,このような乖離が起こるかというと,それは国民負担率なる指標が「公」の負担だけを算定して得られる数字だからである。「小さな政府」がよいとする人々は,医療保険についても「『公』を減らして『民』を増やせ」と主張しているが,その通りにした場合,確かに「国民負担率」の数字は小さくなるが,民の負担が増えた分,実際の国民負担は増えるのであり,「国民負担『率』を下げた分,国民の負担が減る」などと勘違いしてはならないのである。それどころか,「民」の医療保険は「公」よりも高くつく特性を有している(註2)ので,米国の実情からも明らかなように,「『公』を減らして『民』を増やす」政策は,実は,国民の医療費負担を逆に重くする政策にほかならない。

 「国民負担率を小さい数字にとどめるために医療費の公的給付も抑制しなければならない」という本末転倒の主張に対しては,「国民負担『率』を減らす行為は実際の国民負担を重くする行為である」という真理を突きつけることで対抗しなければならないのである。

この項つづく

註1:同社は個人加入向けに保険料(月額)が965ドルから2509ドルまで26種類の保険商品を用意しているが,保険料は(1)患者の受療行動に強い制限を伴うHMOか,それとも制限が比較的緩やかなPPOか,(2)デダクティブル(保険給付が開始される前に一定額を全額自己負担する仕組み)があるかどうか,(3)自己負担額の割合がどれだけであるか,などで変わってくる。表では,日本の国保にできるだけ近いタイプの保険という基準から「PPO型,家族全体のデダクティブル1000ドル,自己負担2割」の保険の保険料を示した。
註2:加入者から徴収した保険料のうち実際の医療に支出されるコストの割合は「医療損失(medical loss)」と呼ばれるが,営利の保険会社の場合,医療損失が高い数字となると「経営が下手」と株価が下がってしまうので,株主の利益を守るためには,できるだけ医療に金を支出しないという経営をすることが経営者の責任となる。現在,営利の保険会社の医療損失の平均は81といわれているが,これに対し,メディケア(高齢者用公的医療保険)の医療損失は98である。言い換えると,公の保険では納入した保険料(税)100のうち98が患者に実際の医療サービスとして還元されているが,民の保険では81しか還元されず,利用者にとって非常に「高くつく」ものとなっている。

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