緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(1)
連載
2008.02.04
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第120回
緊急論考「小さな政府」が亡ぼす日本の医療(1)
李 啓充 医師/作家(在ボストン)
ニューオーリンズの防災対策に欠けていたこと
昨年の本欄で,ハリケーン・カトリーナで孤立したニューオーリンズに踏みとどまって患者のケアに励んだがゆえに殺人罪に問われることになってしまった医師の話を紹介した。カトリーナは,ニューオーリンズ地域に限っても1000人を超える死者と2500億ドルに上る大被害をもたらしたが,ニューオーリンズが著しく嵐に弱い街であることは,カトリーナが襲う前から防災関係者の間では常識となっていた。
実際,2004年には仮想ハリケーン「パム」の襲来を想定,連邦政府・州・市関係者による,大規模な防災シミュレーションまで実施されていた。仮想ハリケーン「パム」の規模はカテゴリー3と,実際に襲来したカトリーナ(カテゴリー4)よりも小さい規模に設定されていたが,「パム」程度のハリケーンで堤防は決壊,市の大部分が洪水に覆われるとコンピュータ・シミュレーションは予言していたのである。
つまり,いつか嵐がくることも,嵐が来たらひとたまりもないであろうことも,いずれも「想定内」の事態であったのだが,ニューオーリンズの場合,防災体制が強化されることはついになかった。連邦政府にも,州政府にも,堤防の増強工事などにかかる莫大なコストを支出する気などさらさらなかったからだが,結果的に,為政者たちに防災対策の「緊急性」を実感するイマジネーションの能力が欠如していたことが致命傷となったのである。
日本の医療政策を防災対策にたとえると……
ニューオーリンズの場合は,嵐に備えて堤防を補強する準備を怠ったことが大被害につながったが,昨今の日本の医療政策を見ていると,大型の嵐が間違いなくやってくるのはわかりきっているというのに,「維持に金がかかるから」という理由で堤防を削ることに専念しているように見えてならない。世界史上前例のない超高齢化社会という「大嵐」が到来すれば,社会全体として医療サービスの必要が増大する「大雨」が降ることはわかりきっているのに,もともと先進諸国の中では最低の部類に属する医療費(=堤防)を削ることに専念しているのだから,とても正気の沙汰とは思えない。...
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