医学界新聞

連載

2008.01.21



アメリカの医療やアカデミズムの現場を15年ぶりに再訪した筆者が,心のアンテナにひっかかる“ねじれ”や“重なり”から考察をめぐらせていきます。

ロスする

〔第3話〕
ブルーオーシャンと寒村の海


宮地尚子=文・写真
一橋大学大学院教授・精神科医
ケンブリッジ・ヘルス・アライアンス客員研究員


前回

 前回の原稿を書いた後,「そんなことを言ったって,あんただって大学教授でしょ。勝ち組じゃないの!」と読者から思われるかもしれないなあと思った。「勝とうと思って勝ったわけではない本当に実力のある人,ってさりげなく自分のことを言ってんじゃないの? いやみなやつ!」と反応されるかもしれないなあとも思った。

 たしかに講演などで紹介される自分のプロフィールを聞くと,「この人,なんかエラソー!」と思ってしまう。教授のうえに医者で,ハーバード留学歴があって博士号も持っていて,本もいくつか出していて(12月に新刊『環状島=トラウマの地政学』が医学書院からじゃないけど出ました,とちょっと宣伝),しかもオンナで……うん,いやみなやつである。

 でもどう考えても自分は凡人の域だぞとも思う。この原稿を書くのだって,さらさらっと書き流しているように思われるかもしれないが,実際には苦労して頭をこねくり回し,締め切り前はひいひい言っている。

 だとすると私の幸運は,ただひたすら主流から離れマイナーな分野を選び,マージナルな方向へマージナルな方向へと研究を進めていったことからきているのかもしれない。

できれば競争せずにすませたい

 聞きかじりだが,「ブルーオーシャン」と「レッドシー」というたとえがビジネス戦略にあるらしい。ハーバード・ビジネススクールの教授が本を書いているようだ。

 「ブルーオーシャン」は広く開けた青い海,新しく開拓されたマーケットで,競争相手のいない一人勝ちの世界なのだという。一方,「レッドシー」は血まみれの海,競争の激しい既存のマーケットを意味するのだそうだ。「レッドシー」で戦うよりも,新しい独自のマーケット「ブルーオーシャン」を創造していくことがビジネスでは大事ですよ,ということを言っているらしい。

 なんだか当たり前の話のような気がする。誰もレッドシーにいたくているわけじゃないだろうと私は思う。今がいちばん流行りってことは,これから絶対下り坂にしかならないんだから,特にビジネスに関しては見込みなんてゼロだろうと思う。でもそうでもないのかもしれない。「人が群がっているところに,おいしいものがあるに違いない」と思う人もいるだろう。他の人がみなほしがっているものを,自分もほしい気になってしまうという人も少なくない。ブームになる時代的な要因はきっとあるわけだし,ブーム自体にひかれる人もけっこういる。

 私は人口密度の高いところが苦手で,人が群がっているだけで息苦しくなり逃げ出したくなる。みなが持っているものより,自分だけのお気に入りをみつけるほうが嬉しい。学術や研究の領域においても同じだ。あまのじゃくな性格なのか,他の人のしていることはしたくないと思う。他の人が同じことをしようとしているなら自分はしなくてもいいや,その人が代わりにやってくれるんだから,そのぶん自分は他のことに力を注げるぞ,とも思う。

 けれどもどこかでわかってもいるのだ。いったん競争の場におかれると,負けたくないと思って自分がしゃかりきになってしまうことが。時にはずるをしてでも勝とうとするかもしれないことが。そんなふうに自分の嫌...

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