競争と幸せ
連載
2007.12.24
クロスする感性
〔第2話〕
宮地尚子=文・写真 |
(前回)
ハーバード大学医学部やブリガムなど関連病院の集まっているあたりを,ロングウッド・メディカル・エリアという。その付近を歩くたびに,「うーん。ここは世界から優れた頭脳が集まり,競い合っている場所なんだなあ」と思う。すれ違う人がみんな超天才にみえる。白亜の大理石の建物が囲む医学部の大きな中庭の正面に立つと,自分が1ミリくらいのとても小さな存在になったような気がする。以前お世話になったことのある教授に会いに行こうと思っても,勇気をふりしぼらないと,建物の中に入っていけないような,そんな威圧感がある。実際にはセキュリティが厳しいので,必要なのは勇気ではなく,写真付きの身分証明書だけなのだが。
駆り立てられる雰囲気。「のほほんとしていたら,生き残れませんよ」と言われているようで,焦燥感に突き動かされる感じに,自分までなってくる。
社会に活かされない研究成果
たしかに,それぞれの建物の中では熾烈な競争が行われている。現在教授になっているのは,競争に勝ち残ったごく少数の人たちだ。噂によれば,競争のために,隣の研究室の培養物を盗んだり,同僚の研究データを壊すなどの出来事はしょっちゅうらしく,なかにはポスドクなどのポジションを得るために,教授などボスに向かって身体をはる人もいるという。けれどもボスになったらなったで,研究助成金の獲得に走りまわり,論文を一つでも多く書くなどの努力が際限なく続く。常に業績が評価され,それがテニュア(終身雇用権)の確保やサラリーに響くのだから無理もない。熾烈な競争。そこで勝ち残る。アメリカンドリーム。チャンスは平等。まあ,そうやって駆り立てられ,がんばる人がいるおかげで,医学が発展し,これまで治らなかった病気が治るようになるのだから,それはそれでいいことなのだろう。恩恵を受けていることに感謝すべきなのかもしれない。
でも,世界のトップの頭脳がこれだけ集まっても,することって競争しかないのかなあ,と少しすねて考えてみたりもする。
アメリカにいると,やはり研究の層が厚いなあ,とつくづく思う。研究者の数も日本とは桁違いだし,学ぶべき学術知識もまだまだ多い。ただ,これだけ素晴らしい研究成果が山積みされているのに,それが社会にほとんど活かされていないという印象もある。
たとえば肥満。アメリカに来るたびに人々が太り続けていることに気づく。なまじ顔は細長い人が多いので,視線を少し下げないとわからないのだが。健康にいいからとグリーンティーが流行っているが,それには砂糖が加えられている。ノンファットのミルクを選びながら,食べ物はヘビーだし量も多い。サラダもドレッシングを食べているようなところがある。子どもの学校...
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クロスする感性(終了)
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