MRSA感染予防策を巡って(2)
感染防止に向けた新たな努力
連載
2007.12.03
〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第117回
MRSA感染予防策を巡って(2)
感染防止に向けた新たな努力
李 啓充 医師/作家(在ボストン)〈前回までのあらすじ:MRSA感染で命を落としかけた元患者の運動が実り,イリノイ州議会は,医療施設にハイリスク患者のスクリーニングと陽性患者の隔離を義務づける法案を可決した。同法案に対しイリノイ州医療界は賛否二派に分裂,法律成立のために必要な州知事の署名を巡って争った〉
双方の言い分
「MRSAスクリーニング・報告法案」に反対する医療者の言い分は,「院内感染はMRSAだけではないし,個々の医療施設によって状況は異なる。それぞれの施設が,限られた予算の中で“最適”と信ずる対策を講じているのに,法律でMRSA予防だけを強制されたら,予算をそちらに割り振らなければならず,これまでの努力を継続することが難しくなる。さらに,MRSA以外の感染症が集団発生した場合などに“柔軟”な対応ができなくなる危険もあり,逆効果だ」というものであった。反対派は,「個々の施設ごとの状況に応じて院内感染対策を講じることを義務づける」法案を作成,「MRSAスクリーニング・報告法案」に対抗した。はたして,反対派の対抗法案も州議会を通過,立場を異にする2つの法案が,州知事の机上でその署名を待つことになったのだった。
署名の理由
「MRSAスクリーニング・報告法案」が州議会を通過してから3か月あまりが経った2007年8月20日,賛成・反対両派の板挟みにあってきた州知事ロッド・ブラゴイエビックは,両派が推す2つの法案両方に署名,双方の顔を立てることで「板挟み」状況を解消した。しかし,反対派の目的は,「MRSAスクリーニング・報告法」成立阻止にあっただけに,実質上は,賛成派の勝利となったのだった。イリノイ州医療界の対応が両極端に分かれたにもかかわらず,州知事が署名に踏み切った最大の理由は,「社会の関心の高さ」にあったといってよいだろう。特に,ここ数年,「コミュニティ発症」侵襲型MRSA感染の死亡例が報じられる機会が増え,社会全般に,「恐ろしい病気」として認知されるようになっていたことの影響が大きかった(たとえば,07年10月にバージニア州で高校生の死亡例が報じられた際,地域の21高校が消毒のために閉鎖されるという騒ぎになったが,時として,過剰ともいえる反応がコミュニティに惹起される傾向さえ生じていた)。
一方,同感染症が米国で「猖獗」を極めている実態が,同じく07年10月,JAMAに発表されたCDCからの論文(註1)で明らかとなった。同論文によると,米国における侵襲型MRSA感染症の年間発生数は約9万4000(人口10万当たり31.8),同死亡数は1万9000に上るとされ,「従来考えられていたよりもはるかに頻度が高いだけでなく,死亡数はHIV感染/エイズを上回る」という衝撃的な結果に,「恐ろしい病気」としての認知は一層高まったのだった。
注目の感染予防対策
イリノイ州に限らず,侵襲型MRSA感染に対する対策を強化する動きは,いま,全米レベルで広まりつつある。たとえば,イリノイ州のものと類似の法案は,07年11月現在,ペンシルバニア州,ニュージャージー州でも成立しているが,最近の動きの中でも,特に注目されるのは,「全米最大の病院チェーン」,復員軍人病院(VAH)が新たに採用した感染予防対策だろう。07年1月に開始されたこの対策,ハイリスク患者だけでなく,「すべての」入院患者を入院・転院・退院時にスクリーニングする大がかりなものとなっている。VAHは,新予防策の実施に年2800万ドルという巨額の経費を見積もっているが,「侵襲型感染を半減させれば元は取れる」とそのメリットを強調している。実際,新感染防止策を先行実施したピッツバーグVAHでは,年平均60例に上った侵襲型感染が,06年には18例まで減少したうえ,05年以降,死亡例も出ていないという。
さらに,上述したJAMAの論文によると,侵襲型MRSA感染患者の58%が,「医療施設で感染して保菌者となった後,時期をおいてコミュニティで発症」したものと推定され,医療施設内での患者間感染を防止し,新たな保菌者をつくらないことは,「将来に及ぶ禍根を絶つ」ためにも重要となることが示唆された。しかし,これまでの感染防止策は,実は「感染(=保菌者の拡大)」の防止ではなく「発症」の防止をゴールとして実施されてきたものがほとんどであり,「将来に及ぶ禍根を絶つ」という観点からは,その有効性に疑問符を付けざるを得ない。
そういった意味で,VAHの新対策は,全患者で入院・退院時にMRSAスクリーニングを実施することで,入院中の感染(=保菌者への転換)を確認することができるので注目される。実際,ピッツバーグVAHでの先行試験を指揮したラジーフ・ジェイン医師によると,退院時のスクリーニングは,院内での「感染ルート」をさかのぼって同定するためにはきわめて有効であり,これまで,(1)病室内のベッド仕切りカーテン,(2)ベッドサイド・テーブルの引き出しの取っ手などが,菌が住み着きやすい「ホット・スポット」として同定されたという(註2)。
1961年に英国で初めて報告されてから半世紀近くが経過したいま,MRSAに対する闘いは新たな局面を迎えたようである。
(この項おわり)
註1:Klevens RM他:JAMA 2007年10月17日号(298巻)1763頁
註2:Robeznieks A:Modern Healthcare 2007年10月22日号12頁
この記事の連載
続 アメリカ医療の光と影(終了)
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