医学界新聞


技術となるための前提

連載

2007.09.24

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第18回 コミュニケーションスキル(2) 技術となるための前提 ]

久保田聰美(近森病院総看護師長/高知女子大学大学院)


前回よりつづく

 医療現場でも日常生活の場においても,コミュニケーションスキルは人間関係構築に欠かすことのできない技術と言えます。「もう少しうまくコミュニケーションがとれたら」という思いからか,コミュニケーションスキルをみがく講座は大人気のようです。

 しかし,技術(スキル)と名が付くからには技術としての限界もあります。技術があればすべて解決するというものではないでしょう。また,技術として機能させるためにも大切なことが忘れられがちのようです。以下の事例をもとに考えてみましょう。

あんな言い方しなくても……

 金曜日の夜の救急外来での出来事です。頭痛と咽頭痛を主訴に30代前半の男性が診察室に入ってきました。担当医は同年代の女性医師(以下,A医師)です。

「頭痛に気づいたのは?」
「3日くらい前です」
「3日前から痛かったのに,夜間に病院に来るわけですね(この時点ですでにカチンときた表情)」
「昼間は待たされるし……」
「夜間に来てももっと待たされますよ。(明らかに不機嫌な態度で診察後)とりあえず採血でもしときましょう」
「MRIはとらないんですか?」
「夜間にできる検査は限られています。必要な検査を判断するのは医者の仕事ですから,患者が決めることではありません。MRI検査を受けたければ,平日の昼間に自費で脳ドックでもなんでも行ってください」

 と,ぴしゃりと言って終わり。採血結果も特に所見がないから風邪だろうと抗生物質のみ処方して診察終了。「患者を診る必要はないから,薬だけ渡して」と看護師に指示を出して,次の患者の診察となりました。

 しかし,患者はそれでは納得しません。A医師への抗議をまくし立てるのです。「あんな言い方しなくてもいいだろう! あれでも医者か! 喉が痛いって言ってるのにうがい薬ひとつ出てないじゃないか,いちいち患者が言わないといけないのか!」と,B看護師にまくし立てるのです。肝心のA医師の方は,次の重症患者の処置に追われて,とても対応できる状態ではありません。B看護師は困り果ててしまいました。

 夜間の管理師長に相談して,処置中のA医師に嫌みを言われながらも口頭指示でうがい薬を追加処方し,患者さんの話を繰り返し聞くことで何とか怒りもおさまり,約1時間後に患者さんは帰っていきました。

 

 B看護師は「A医師はいつもああいう言い方するのが悪いくせなんです。そのせいでいつもナースが同様のクレームの処理に追われて困ります。何とかしてください」と翌朝C外来師長に訴えました。「もう二度とA医師といっしょに当直はしたくありません。患者さんが待っていても,いくら呼んでも,なかなか外来に来てくれないし……」と日頃の不満もいっしょにぶちまけるように話し続けました。

 そこでC師長は,A医師にまずはその時の状況を確認しようと話しかけると,「どうせ私が悪者になっているんでしょう。でも私は間違ったことは言ってませんから」とぴしゃりと言い返されて,会話は終わってしまいました。

 一方,A医師の上司は「自分が注意したって効果はないだろう,だいたい患者も患者だ」といって自ら動こうとはしません。そこで,C師長は関係者と相談,調整を重ね,当該医師を含めた医師の接遇研修を計画しました。

変わってほしい人ほど気づいていない

 この事例のように,今の医療システムを理解せずに理不尽とも思える要求をする患者が,現場の医療者を疲弊させている側面は多々あります。しかしだからと言って,開き直りとも言えるような表現をとることが得策とも思えません。患者側にも問題は感じますが,ここでの議論は医療者側に絞って考えたいと思います。

 筆者自身もかつて同様の事例で相談を受けた際に,当該者(この時は医師ではなく,相談者の上司にあたる看護職でしたが)といっしょに積極的傾聴技法を学ぶ研修会への参加を勧めたことがあります。その研修での内容は,傾聴の技術を身につけるための講義とロールプレイによる実践演習でした。事前に打ち合わせを重ね,実践演習の場では,壇上にあがり受講者代表としてロールプレイを実施した当該上司は,「こんなことはちゃんとやっていることばかり」と答えたのです。

 周りの人間が変わってほしいと感じる人ほど,自分自身のコミュニケーションスキルに問題を感じていない傾向があるように思えます。

技術を身につければ万事解決?

 話をA医師の接遇研修に戻しましょう。若い研修医といっしょにどうにか参加することになったA医師はどうだったのでしょうか? 参加者や講師から話を聞くところによると,意外にもA医師は,実践演習での患者役も医師役も無難にこなし,コミュニケーションも問題なくとれていたということです。そればかりか,A医師の出身大学では早くからSP(Simulated Patient:模擬患者)による医療面接を実施しており,OSCE(オスキー,Objective Structured Clinical Examination;客観的臨床能力試験)の点数もけっこうよかったと,自慢気に話していたと言うのです。

 一方で他の看護師からは,「A医師は相手によって態度を変える」という情報が入ってきました。具体的には,A医師の上司や予約患者さんには丁寧な対応をするのに,夜間の救急外来で忙しくなってくると患者さんへの対応も不機嫌になり,若いスタッフにまで当り散らすということでした。

 つまりA医師は,せっかく身に付けているコミュニケーションスキルをうまく活用できていないのが現状のようなのです。それはある意味技術としての限界なのかもしれません。

 いくらコミュニケーションスキルを身に付けても(A医師のようにOSCEの点数がいくらよくても),実際に必要な場で活用するかどうかは,自分自身で決めることなのです。それ以上に,そうしたコミュニケーションスキルや自分のコミュニケーションパターンを意識さえしていない人も意外と多いのかもしれません。

 無意識に悪いパターンに陥ってしまう,特定の相手になるとどうもコミュニケーションがうまくとれない……,そんなことはないでしょうか? ふだんは何気なく使っている言葉やコミュニケーションパターンを冷静に振りかえり,自分自身をモニタリングすること,それがコミュニケーションスキルを技術として活かすための出発点なのです。

次回につづく

参考・引用文献
1)杉本なおみ(インタビュー記事):コミュニケーションで悩むあなたへ――理論と技術を味方に迷信や呪縛を吹き飛ばそう,看護学雑誌,70(06),2006.
2)佐伯晴子:あなたの患者になりたい――患者の視点で語る医療コミュニケーション,医学書院,2003.

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