医学界新聞


効果的なラインとの連携のために

連載

2007.05.28

 

ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第14回 ライン外スタッフによるケア
効果的なラインとの連携のために ]

久保田聰美(近森病院総看護師長/高知女子大学大学院)


前回よりつづく

ライン外スタッフの役割

 前回の産業保健スタッフもライン外スタッフですが,メンタルヘルス対策専従は無理にしても,ライン外のスタッフとラインがうまく連携することにより,効果的なメンタルヘルスケアが期待できます。

 多くの病院では,教育担当,医療安全担当,特定領域で活躍するCNSやCEN等は増えつつあり,日々ラインを超えて,時には職種や職位も超えて活動しています。そうしたナースは,経験豊かで人格的にもすばらしい方が多く,幅広いスタッフと接する機会に恵まれているため,ちょっとした日常業務での関わりから悩みやストレスの相談を受けやすい環境にあります。しかし,現実的には相談された情報を個人のプライバシーを守りながら,うまくラインに戻してためには,いくつか注意すべき点があるようです。

相談者が何を求めているのか

 まずは相談者が,ライン外スタッフに何を期待して相談しているのかをアセスメントすることが大切です。多くの場合,ライン外スタッフという利害関係のない誰かに聴いてもらえるだけで楽になるということも多いようです。

 相談者の持つ同僚や上司,部下等への陰性感情や日常業務の愚痴等,ちょっとしたことでも,ラインにおける役割を担う立場の人にはなかなか言えないものです。そんな時,当該部署の事情もある程度理解してくれて,話を聴いてくれる立場のライン外スタッフはとてもいい相談相手なのでしょう。

プライバシーを守る本質は

 しかし,相談者自身が事実関係や気持ちの整理もつかないまま,「ここだけの話なんですけど……」という表現で始まる相談には注意が必要です。多くの場合,このような表現で始まる相談には,とても“ここだけの話”では済まされない内容も多く,相談された側にとっても自分では抱えきれない問題になってしまうことさえあります。そんな時あなたならどうしますか? 相談者の上司に報告しますか。それとも,自分自身の上司に相談する方法をとるのでしょうか。

 いずれの方法をとるにしろ,相談者のプライバシーを守るための方法は,相談者の氏名を伏せて話すことでしょう。しかし,限られた人間関係の下での情報の場合,いくらあなたが個人名を伏せたとしても自然とわかってしまうことはないでしょうか。プライバシー保護というと,とかく個人を特定しないことばかりが重視されていますが,重要なのは「情報の自己決定権」です。上司に報告するよう進言するか,あなたが代弁するかを相談者自身に意思決定してもらう必要があります。

 具体的には,「いくら“ここだけの話”とは言っても,こうした話を聴いた以上は私も上司に報告しないわけにはいかない。あなたから聴いたというつもりはないけれど,この事実関係からわかってしまう可能性もあると思う。それなら自分で言ったほうが賢明ではないですか。どうしても言いにくいのならば,私から報告してもかまいませんが」と相談者へきちんと話すことが大切です。

 それをつい怠ってしまうと,相談者や相談者の上司,あなたやあなたの上司といったあちこちの人間関係がギクシャクしてしまうことになりかねません。ごく当たり前のようでいて,意外と忘れがちなこととも言えます。

早急な介入が必要となる相談内容

 もちろん相談内容により,早急な介入が必要と判断される危機的な状況の場合には例外になります。強い抑うつ状態や自殺企図,他者からの暴力行為等,緊急の対応が求められる事例がこれに該当します。昨今の病院では,残念ながらこうした危機的状況に遭遇することも少なくありません。相談内容によっては,専門医や相談者の家族とも緊急に連絡をとりながら,危機介入が必要な場合もあるでしょう。

 しかし,危機的状況に遭遇した時には,さらに情報が錯綜し,適切な対応が遅れる可能性があります。病院というところは,専門家があちこちにいるため,その環境が災いすることさえあるのです。そんな危機的状況を想定して,報告経路を明確化し,緊急時の相談窓口を一本化しておくことも重要でしょう。

ラベリングには要注意

 ここで注意しなくてはならないのが,相談者や,相談者を困らせている対象者に対して,「どうもあの人はおかしい,うつではないだろうか」と憶測で診断することやラベリングすることです。

 医療従事者同士の場合,こうした行為をつい無意識にしてしまう傾向があるようですが,できるだけ避けるべきです。たとえその診断があっていたとしても,対象者の適切な受診行動につながるとは思えません。当該職場の人たちが求めていることは,病人を出すことではないはずです。周囲の人たちが,その人の言動のどんなところに困っているのか,対処しにくいと感じるのはどのような場面なのかといった視点で整理することが大切です。

プライバシーの尊重と安全配慮義務

 こうして働く人の健康問題を考える際にいつも問題になるのが,一人ひとりの「プライバシーの尊重」と事業者(管理監督者)に求められる「安全配慮義務」のバランスです。

 メンタルヘルスの問題の場合には,デリケートな情報も多いため慎重な対応が求められます。看護職という職業の労働形態を考えると,家族の理解と協力は不可欠です。24時間体制で働く陰には,一人ひとりの家庭環境の問題やライフサイクル上の悩みもあるでしょう。独身だから,子育て期だからとひとくくりにするのではなく,一人ひとりの働くことの意味づけを大切にし,働き方への自律性を尊重しながらも組織としての公平性を維持していくことが求められているのです。

 ライン外のスタッフにぽろりともらすスタッフ一人ひとりの本音を拾い上げながらも組織内の一定の統制は確保していく視点,それはプライバシーの尊重と安全配慮義務のバランスをとる根本であり,ラインとライン外スタッフの連携を意味あるものにする視点なのかもしれません。

次回につづく

参考文献
1)内閣府 個人情報の保護HP
  http://www5.cao.go.jp/seikatsu/kojin/index.html
2)病院における個人情報保護法への対応の手引き,(社)日本病院会,2005.
3)医療・介護・福祉の個人情報保護ガイド,日本厚生協会出版部,2005.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。1年間休職し研究に専念した後,本年4月に病院に復職。

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