医学界新聞

連載

2007.05.14

 

名郷直樹の研修センター長日記

40R

人生は交換である

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長


前回2727号

 時は流れて3年後。へき地の現場を離れて4年後である。

○月×▲日

 あっという間の4年間。全力でへき地医療専門医育成ということをやってきたつもりだが,どうもこれではだめらしい。「全力で」というのがどうか。たしかに自分でも怪しいところはある。全力だったかどうか。検証する手立てはない。私が全力でやった,といっているだけである。

 しかし全力でやったかどうかは別にして,結果を出したかどうかという点ではどうか。結果も出したような気がする。この未曾有の医師不足の時代に,4年間で数十人の若い医師を集めたというのは,自分ではなかなかのものだ,なんて思っていたのだが,それも私がなかなかのものだといっているに過ぎない。数十人の医師を集めたことが十分な結果かどうか,わからないといえばわからない。それでも少ない,効率が悪いといわれれば,そうかもしれない。そういうことを評価する基準はない。基準がないものは,そもそも評価されない。

 それに対し,わかりやすい評価の基準とは何か。金である。いくら稼いだか。教育専任なんていって,週1日の外来しかやっていないのだから,それも研修医といっしょに,午前中に10-20人という状況で,ほとんど稼いでいない。そりゃ金では評価されないわな。金は大事だ。間違いない。でも金が大事という反面,金での評価は誰でもできる,という面も大きいのではないか。金の評価なら,多分うちの息子だってできる。数字の大きい小さいがわかれば,ちゃんと評価できるのだから。

 「全力で」とか,「たくさん」集めたというのも,金に換算できればいいのだろうか。ただ「全力で」というのも給与に見合うほどではない。「たくさん」の研修医についても金に換算すると,集めるコストのほうが多くて,赤字だ。トータルでは,換算したところで結果は自分に不利である。ただの無駄遣いとの評価になる。うそだろと思うのだが,それは私自身の私に対する評価に過ぎない。

 自己評価と,周囲の評価が大きく異なるのは世の習い。自己評価が低くて,他人の評価が高いのがいいのか。あるいは私のように自己評価が高くて,他人の評価が低いのがいいのか。その2つのうちじゃあ,どっちでもいいな。どっちもいいのが,いいに決まってる。でもどっちもいいなんてことは普通ない。どっちも悪いということは往々にしてある。あほらしいといえば,あほらしいが,普通のことといえば普通のことだ。

 でもやっぱりあほらしい。金の交換が重要であるというのなら,言葉の交換だって同じくらい重要だ。魂の交換はもっと重要だ。ある小説家は,「人生は買い物である」といった。至言である。その通りである。ただシニシズムとして至言である。シニシズムもいい。でもたまには怒ることも重要だ。怒るとすると,それはこういうことではないか。「人生は買い物ではない。人生は交換である」。

 思えば,外来診療とはとにかく交換だった。言葉の交換。視線の交換。ぬくもりの交換。冷たさの交換。とにかくなんでも交換。ただ最後は窓口で,診察や検査や薬とお金の交換。そうなると,この最後の交換だけが,医療だと思いがちだが,そんなわけはない。断じてそうではないのだ。外来において,窓口でのお金の交換は,あらゆる交換の一部に過ぎない。言葉を含めたすべての交換の中で,横並びの1つの交換としてあるのが,窓口でのお金の交換に過ぎない。そんなことだけで評価されてたまるか。

 

 世の中一寸先は闇というが,確かにそうだ。突然の方針転換である。私のことを死ぬほど嫌いな人がいることは知っていたが,こういうことになるとは。嫌われる理由はそれなりに理解できる。威張りたい人を威張らせなかったから。やっぱり威張りたい人は威張らせてあげないといけない。みんなも気をつけるように,って。ところでみんなって誰だ。みんな好き嫌いで生きてるからな。みんなとは,好き嫌いで生きてるみんなである。好き嫌いで生きているんだから,嫌われてはいけない。重要なことだ。でも好き嫌いで生きてるから嫌われる。まあしょうがないか。

 4年間は長いようで短くて,正確に言うことができない。4年間には長さがある。そういうと少し正確か。でもそれはどんなものでも長さがあるということだ。1秒でも,1分でも,1時間でも,1日でも,ちょっとくどいな。この辺でやめておこう。いずれにせよ,と言って,もうこの時点でだめだな。いずれにせよ,なんて言葉は,本当は使ってはいけない言葉だ。そう言って,本当は,という言葉も使ってはいけない言葉だと気がつく。でも今日は,いずれにせよだ。いずれにせよ,こういう日が来るのだ。さらば,しおかぜ病院。ただ,私に2本足がある限り,電車が走る限り,誰がなんと言おうとも,暗く静まり返ったこの病院に現れて,研修医に対して,語りかける。「へき地医療を一緒にやろう」と。

(次回につづく)


本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。

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