医学界新聞


上司からの効果的なケアとは

連載

2007.02.26

  ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第11回 ラインによるケア(6) 上司からの効果的なケアとは ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 これまで5回にわたり,ラインマネジャーである師長によるケアの大切さとそのケアが必ずしも効果的に行われていない現実に目を向けて書いてきました。今回は,どうすれば上司からの効果的なケアが実現するのかについて考えてみましょう。

「師長さん,ちょっと相談したいことが」と言われると?

 筆者は「ストレスマネジメント」に関する講義の際に,「スタッフから相談を持ちかけられる」場面を設定してロールプレイをよく実施します。その際の師長役の反応でいちばん多いのが,まず「ギクッと」して,「いったい何ごと? まさか退職願い? それともおめでた?」と考えてしまうというものです。相談する側は,「師長さん,ちょっと相談したいことが」と声をかけただけなのに,相談される側がそこまで構えてしまっては,会話自体が成り立たないことさえありそうです。

 筆者が全国の地域医療支援病院で働く看護師3765名に実施した調査では,「仕事を辞めたいと思うほどのストレスへの対処行動とその効果」について質問した結果(図)は,上司に相談する看護職は意外と少なく(48.2%),それが効果的と評価した割合も他の対処行動よりも低い(53.0%,上位7項目で最低順位)という結果がでました。

 また,先日参加した学会において,「中堅看護師の退職を思い留まらせる看護師長の関わり方」1)という興味深いテーマの研究発表もありました。その結果では,「目標・課題を与える」「放置」「日常的な働きかけ」「時期をみた段階的な働きかけ」等の師長による関わりがありましたが,残念ながら直接退職を思い留まらせることには寄与していなかったようです。では,対象者の看護師が退職を思い留まったのはどんな理由なのでしょうか?「タイミングの喪失」「情緒的つながり」「労力とリスク」「やりがい」「労働改善」等が挙げられていました。具体的には,自分が退職することにより残されたスタッフに迷惑をかけることへの危惧と同時に,「今回は留まったけれど来年は必ず」という潜在的な離職願望は引き続き持っている状態を示しています。一部には「上司である師長が変わったので今はなんとか思い留まっている」という現象まであったようです。

 こうした離職希望の看護師が増え続ける中,対応に追われ,疲弊した師長は,相談に来たスタッフへの対応も逃げ腰になり,ますます「辞めたいスタッフ」が増えてしまうという悪循環に陥っているようです。

部署異動時の関わり

 一方,師長からスタッフに相談したいこと,話しておきたいことがある場合にはどうでしょうか。師長からスタッフに話すことで,いちばんのトピックスといえば,「異動」に関する話でしょう。

 医療制度改革の影響により,院内の部署異動の場面もどんどん増えてきています。年度末の人事異動の時期以外にも,病棟再編,休職者,退職者への対応等に伴い一年中どこかで人事異動が起きている病院も少なくありません。多くの場合,最初に病院の上層部からの当該師長への相談があり,その後師長が本人の意思確認をしたり,決定事項の伝達という役割を担わされることが多いようです。

 そんな時,師長はどのように伝えているでしょうか。上司からの伝達事項を淡々と事務的に伝えることに徹する人。病院の上層部と師長とのやりとりにおける,当該スタッフへの細かな評価まで伝える人(多くはよけいなひと言のようですが)。いろいろなタイプがいるようですが,部署異動時に当該スタッフが少しでも前向きに異動を捉え,やる気を引き出す関わりは,なかなかできないのが現実のようです。

 部署異動は,本人の希望に沿うものならまだしも,そうでない場合も多く,伝える側もストレスフルな状況になりがちです。しかし,伝え方ひとつ間違うと,当該スタッフひいては病棟・病院全体の士気にも関わる問題になりかねません。

 変化の激しい病院ほど,人的資源の異動も激しく,その適応力が組織の成長にもつながります。人事異動を効果的に実施することは,組織にとっては生き残りをかけた戦略でもあるのです。そして,その戦略を現場の一人ひとりのスタッフに伝えるのが師長の役割とも言えるでしょう。しかし,そこで異動するのは看護職として働く自分の意味を模索している血の通った一人の人間であることを忘れていないでしょうか。将棋の駒のように,頭数あわせで場当たり的な人事異動をしていると思われてしまうような伝え方はしていないでしょうか。

 異動の対象となる看護師の背景はさまざまでしょうが,少なくともその看護師が異動先でも適応できるという一定の判断基準があったからこその異動なのです。そうした異動に伴う組織の意思決定の過程で得られた情報を整理し,自分の胸にしまっておくこと,スタッフに伝えることを取捨選択したうえで「大変だろうけど,あなたならできると思って私も承諾したのよ」と,異動するスタッフが新しい職場で意欲的に働けるような,そっと背中を押す関わりはできないものでしょうか。

師長になったとたん言えなくなる

 筆者は,全国の研修や検討会等において,増え続ける離職者への対応に苦慮している師長職の皆さんに機会あるごとにご意見をお伺いしています。そうした中で気になった意見は,「主任まではこうしたスタッフの相談にも気軽に対応でき本音で話もできるのに,師長になったとたん言えなくなる」というものです。その現象とはどこから来るのでしょうか。師長という立場は,それほど重いものなのでしょうか。

 ある師長さんは次のように言いました。「主任までは,まだスタッフ一人ひとりとの心理的距離間も近いため,スタッフへの注意や厳しい意見も本音で言うことができます。また,逆に病院側にわかってもらいたい事案があれば,スタッフの代表として師長,そして必要なら部長にまでも直談判して,積極的に意見も言っていました。だからこそ,スタッフの信頼も得ている実感が持てていたのです。それが師長になると急に言い難くなるというか,言えなくなってしまうのです」

 「それはなぜでしょうか?」という筆者の問いに,その師長さんは,「そりゃあ,辞められたら困るからですよ」という答えでした。そして,その場の参加者もみなうなずいていたのです。

スタッフが辞めるのは師長のせい?

 つまり自分が管理する部署から離職者が出てしまうと,師長の管理能力が問われるため,そんな評価が怖くて,以前のように言えない自分になっているというのです。「部下に注意さえできず,上司にも意見が言えない」という,かつて自分がこんな人の下では働けないと思った上司そのものに自分がなってしまっている,そんな自分がいちばん切ないと。「スタッフが辞めると師長のせいにされる」という呪縛にとらわれ,結局は,自分でもなりたくないタイプの師長の行動パターンにはまろうとしている。そんな自分に気付いても自分ではどうしようもないと言うのです。

 スタッフが辞めるのは師長のせいではありません。人が離職を決意するのはそんな単純な理由ではないはずです。ただし,このままの状況が続けば,そうなってしまう可能性がないとは言えません。そんな自分を冷静にみつめ,悪循環から脱け出す一歩を踏み出すことが大切ではないでしょうか。

 「師長さん,ちょっと相談したいことが」とスタッフに声をかけられた時,「相談してくれてありがとう」と思える。そんな関係作りが第一歩です。

次回につづく

参考文献
1)木下智香子,増野園恵:中堅看護師の退職を思い留まらせる看護師長の関わり方,第10回日本看護管理学会年次大会講演抄録集,150, 2006.

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