黒塗りスライドが示す“学術と企業倫理”のねじれ
寄稿 竹下 幸男
2025.11.11 医学界新聞:第3579号より
近年,学術集会におけるランチョンセミナーなどでスライドの一部が黒塗りにされる発表が増えている。製薬企業によるコンプライアンス管理の強化が背景にあるが,その結果,専門家の学術的発言が制限されるという逆転現象が生じた。医師と企業の双方に「正義」があるなかで,どこに問題の本質があるのかを考えたい。
◆黒塗りスライドが示す現場の混乱
とある学術集会で行われたランチョンセミナーを例に挙げる。講演テーマの第一人者である研究者が,すでに科学的評価が確立した論文内容に基づき自施設で実施した治療薬の比較研究の成果であるにもかかわらず,他社製品名やデータが全て黒塗りにされており,最も知りたい「薬剤の使い分け」がわからなかった。企業主催とはいえ,専門家が学術的根拠に基づく発言をできない現実に,アカデミアの立場として強い違和感を覚えた。
製薬企業がここまで慎重になるのは理由がある。2024年11月,講演会での発言内容が「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドライン」に抵触する恐れがあるとして,塩野義製薬が厚労省から行政指導を受けた1)。添付文書と異なる用法・用量の説明や,他社製品を「同一製剤」と扱う表現が問題とされたためだ。こうした事例では,一人の医師の言葉が企業の信用や株価に直結する。企業側はリスク管理のため,講演内容を徹底的に事前審査せざるを得ないのである。
◆講演依頼医師と企業の間で生じる摩擦
講演を依頼された医師は学術的立場からスライドを作成し,講演の5~10日前に企業のコンプライアンス部門による確認を受ける。ここで「他社誹謗表現」「適応外使用」などが問題視され,修正要請が届くのが通例だ。だが,この過程で多くのトラブルが起こる。私の知る範囲では,企業側の修正担当者の身元や専門性が不明で,議論の場も設けられず,一方的な修正要請が通達されるのみというケースが多い。しかも,以前は許可されたスライドが別の担当者によって突然NGになることもある。
講演数日前に大幅な内容変更を迫られれば,医師に残される選択肢は...
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竹下 幸男(たけした・ゆきお)氏 山口大学医学部神経筋難病治療学講座 教授
2007年山口大卒業後,同大大学院医学系研究科臨床神経学講座へ入局する。同大病院で研修し,11年同大大学院修了。同年に渡米,Cleveland Clinic Neuroinflammation Research Center Research fellow。14年に山口大大学院医学系研究科臨床神経学臨床助教として帰国し,助教を経て23年より現職。24年にはADDVEMOを立ち上げ,CEOに就任する。
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