がん看護における,患者―看護師関係を基盤とする患者主体の症状マネジメント
寄稿 田墨 惠子
2025.07.08 医学界新聞:第3575号より
私が「患者主体の症状マネジメント」という概念に出合ったのは,CNSをめざして入学した兵庫県立看護大学大学院(当時)の時のことです。看護師として自己の潜在性を模索していた時期にこの看護モデルを教わったことは,私の看護師人生においてとても幸運な出来事でした。「症状は医療者が管理し患者はそれに従うもの」と理解していた当時の私にとって,症状マネジメントモデル(the model of symptom management:MSM)はとても新鮮に映ったことを記憶しています。以来,MSMは私の看護活動の方向性を決定し,本質を支えるよりどころとなっています。
しかし,多忙な臨床現場では,無意識のうちに症状マネジメントが医療者主体になることもあります。また,患者主体の症状マネジメントは,患者―看護師関係が基盤となりますが,この関係をうまく築けないこともあります。そのような中,患者主体の症状マネジメントによって良い結果を得た時は,看護師としての存在意義を実感します。そうした実感や気づきを与えてくれるのはいつも患者さんやご家族です。22年間のがん看護専門看護師としての活動を通して,心に残る多くの出会いやかかわりがありましたが,本稿ではその中の一例を紹介します。
Aさんとの出会い:アセスメントと対応の検討
70歳代の女性のAさんは,夫のサポートを受けながら自宅で生活する軽度認知症の患者さんです。進行がんに対して,外来化学療法室でオキサリプラチンを含むレジメンの治療を受けていました。夫は優しく医療者にも協力的でしたが,看護師はAさんが治療に非協力的であることに多くの困りごとを抱えていました(表,註)。

特に印象的だったのは,治療の4サイクル目での出来事です。投薬終了時,Aさんは服の袖で点滴部位を覆い,抜針を拒否したため,夫の提案で看護師が服の袖を切り抜針したという報告を受けました。安全な治療をするための看護と,Aさんの恐怖が表裏一体となり悪循環に陥っていると私は感じました。Aさんと夫,そして看護師の気持ちを考えると,CNSとして,看護師長(当時)として,心が痛みました。
私が次にAさんを見かけたのは,治療前のタイミング,場所は待合室でした。夫がそばを離れており,とても不安そうな様子でした。しかし,私が話しかけるとたちまち笑顔になり,たくさんのことを話してくれました。会話を通じて,Aさんが体験しているのは,点滴中の疼痛と看護師を含む環境への恐怖であるとアセスメントしました。加えて,症状マネジメントに不可欠であるセルフケア分析の視点1)からもアセスメントし,Aさんには多くの強みがあることが見えてきたのです(表)。Aさんが強みを発揮する上でバリアとなっていたのは,状況を理解できないことから生じる不安です。不安は認知症の周辺症状であるため,適切なケアで緩和できると考えました。私のチームの看護師たちは患者さんの強みを引き出す力を持っていたので,私がCNSとしてAさんと看護師たちに看護の方向性を少しナビゲートすることで,両者の関係性が構築され,良い方向に舵を切れる確信がありました。
Aさんの不安を和らげる実践:「いつもの通り」を大切にする
治療前の内服の声掛け,穿刺前の血管拡張や血管痛緩和のための温罨法などは業務的な対応になりがちです。一般的な患者さんの場合はそれでも問題ありませんが,Aさんの場合は不安を増強させる可能性がありました。そこで,Aさん主体の症状マネジメントの視点から,内服は夫とAさんの“いつもの通り”の方法をそばで見守り(自宅では夫の介助で拒薬がないため),穿刺前にはAさんと手をつなぎ冷たいことを確認・共有した上で,気持ちよくするために温罨法を提案するなど,Aさん自身に関心を寄せ,Aさんの反応に応じた支援を心がけました。
多くの配慮をしても,ルート確保を失敗すると恐怖は一気に高まってしまいます。穿刺前にAさんの関心事(幼少期の話が多くありました)について十分に話し,リラックスを図りました。すると,Aさんは穿刺に対して嫌がる様子を見せつつも,協力的な様子でした。Aさんの血管はルート確保が非常に難しく,穿刺を行うB看護師の負担は容易に想像できました。しかし,洗練された技術を持つB看護師は,期待を裏切ることなくルート確保を成功させました。介助をしていた他の看護師は,Aさんを怖がらせないため,穿刺の瞬間までAさんの手を押さえることはしませんでした。このプロセスにおいては,直接手技にかかわるわけではない周囲の看護師たちもAさんに優しく声をかけ,見守ってくれました。その日の治療中,Aさんにはホットパックがずれると自分で直す(おそらく痛い部位に当てていた)といったセルフケア行動がありました。治療の大半を入眠して穏やかに過ごされ,痛かったはずなのに,「痛くなかったよ,また来るね」と笑顔で帰って行かれました。
Aさんは恐怖から,周辺症状である介護拒否,不安,抑うつ,せん妄の兆候が出現していたと考えらます。看護師がAさんと関係性を築き,不安を緩和したことで,症状マネジメントに参加するセルフケア行動につながったものと考えられます。入眠できたことでトイレ移動が少なくなり,血管外漏出のリスクも低減しました。その日のAさんの反応がそれまでと全く違ったことを,そばにいた複数の看護師たちが感じていました。
その後はB看護師が中心となり,チーム全体でAさんの力を引き出し続けてくれました。点滴の入れ替えもありましたが,構築された関係下では「いいよ,もう1回頑張るから」と協力してくれました。
患者が持つ力とそれを引き出す看護力
今回の事例で最も重要なポイントは,Aさんが持つ力だったと考えます。Aさん自身に力がなければ,看護師が知識や技術を有していても,期待する効果は得られなかったでしょう。私はこの経験を通じて,看護師を信じる患者さんの力と,患者さんから信じてもらえる看護師の力の間にある素晴らしい関係性に気づきました。
このような患者主体の介入には時間を要します。しかし,直接かかわるか否かを問わず,チームメンバー全員がAさんの状況と看護の方針を理解し協力することで,一時的に時間を要したとしても,周辺症状が悪化する可能性を考えれば,むしろ時間と業務負担の減少につながると考えます。
Aさんの夫からは「袖を切った時,治療を続けるのは無理かなと思いました。完遂できて本当によかったです」と感謝の言葉をいただきました。今でも私の記憶に蘇るのは,笑顔のAさんです。CNSとしてとても幸せな出会いだったと思うと共に,患者さんが持つ潜在的な力と,それを引き出す看護力に改めて感動した事例でした。
患者主体の症状マネジメントの実現に向けて
患者主体の症状マネジメントは,決して一人でできるものではありません。看護チームで取り組むことや,他職種との協働が重要です。また,看護師は単に「症状」にかかわるのではなく,「症状を持つ患者さん」にかかわるのだということを常に心に留めておく必要があります。患者―看護師関係をスタートさせるのは看護師側であることを念頭に置き,常に患者さんに関心を寄せ続けることが,患者主体の症状マネジメントを実現させる第一歩です。
註:本事例は皮下埋め込み型中心静脈アクセスポートの選択および内服薬の注射薬への変更は適応外であった。
参考文献
1)荒尾晴惠.副作用の症状マネジメントにあたってのセルフケア支援とは.荒尾晴惠,田墨惠子編.スキルアップがん化学療法看護――事例から学ぶセルフケア支援の実際.日看協出版会;2010.

田墨 惠子(たずみ・けいこ)氏 大阪大学医学部附属病院
兵庫県立大大学院修士課程を修了後,2003年にがん看護専門看護師認定を受け,25年3月まで阪大病院にて看護師長を務める。現在,同施設で非常勤職員として勤務する傍ら,神戸女子大大学院博士課程に在籍し,がん薬物療法看護に関する研究に取り組む。
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