「生きる!」を支えるACP
31名のエキスパートと共に考える,ACPに活かすケアの真髄
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一定期間の臨床実践を重ねた今だからこそ見えてきた、31名のエキスパートによる実践知を結集。ACPの現在地とこれからを多角的に展望する。おさえておくべきエビデンスから、多様な疾患・病期・ケアの場の最前線の実践、システム構築までをカバー。「患者との話し合いの手引き」など、明日から活用できるコミュニケーションスキルも丁寧に解説。ACP実践の道しるべとなる一冊。
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はじめに──その人の声を,ひらく
本書を手に取ってくださった皆さまに,心より感謝申し上げます。
アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)という言葉が日本でも少しずつ浸透し始めてから,私たちは何度も立ち止まり,問い続けてきました──「ACPは,患者さんにとって,そして私たちにとって,どのような意味を持ち得るのか」と。
ACPは「本人の意思を尊重するケア」として語られることが多くあります。けれども私たちは,ACPとは単なる意思表明のプロセスではなく,「どのように生きてこられたのか」「これからをどう生きたいのか」といった,その人の人生の物語に丁寧に耳を傾ける営みだと考えています。そこには,本人のみならず,家族,医療者,介護者,地域社会,そして未来の医療文化までもが影響し合いながら関わっているのです。
本書には,ACPの定義や倫理的視点,制度的枠組みに加え,実践的な支援の工夫や対話の手引き,そして現場で直面する葛藤へのアプローチまで,多様な視点が織り込まれています。どの章も,エキスパートである著者らが,それぞれの臨床・教育・研究の現場で出会ってきた患者さんやご家族,多職種の専門職の方々との対話の蓄積から生まれた,実践知の結晶です。日々のケアの現場はもちろん,教育や研修,ご自身の振り返りの時間にも,本書の内容が1つの手がかりとなれば幸いです。
この書籍が実現したのは,ともに悩み,迷い,立ち止まりながらも,ACPの可能性を信じて歩んでくださった,共同編集者の森雅紀先生をはじめ,多くの仲間の存在があったからです。執筆にご協力くださった皆さま,対話を重ねてくださった患者さんとご家族,そして現場で努力を重ねるすべての方々,編集担当として我われに辛抱強く伴走くださいました染谷美有紀様に,心より御礼申し上げます。
森雅紀先生と私は,約25年前に米国の緩和ケアの現場でACPに出会いました。帰国後,それぞれの立場で「日本にふさわしいACPとは何か」を問い続けてきました。本書が「正解」を提示するものではありません。むしろ,読んでくださる皆さまお一人おひとりが,ACPの実践の中で「自分は何を大切にしたいのか」という問いをご自身の中に育てていただくための,小さな伴走者になれたらと願っています。日々の実践の中で,目の前の人の言葉に耳を傾けたとき,あるいは,ご自身の内なる声に気づいたときに,本書の一節がそっと背中を押してくれることがあれば,それ以上の喜びはありません。
ACPとは,いのちの終わりをどう迎えるかという問いを通じて,「今をどう生きるか」という根源的な問いに触れる営みです。そしてその問いに,一人ではなく,誰かとともに向き合うとき,そこに築かれる関係性や,寄り添い続けようとする姿勢こそが,私たちの「生きる」力を支えていくのではないでしょうか。
本書が,あなたと,あなたが寄り添う方の人生を照らすやさしい灯りとなり,あたたかい対話への小さな入り口となることを願っています。
2025年皐月
竹之内 沙弥香
はじめに──省察から実践へ
2018(平成30)年,「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の改訂を契機に,国内で「ACP」という言葉が注目されるようになりました。あれから7年が経ち,全国の医療・介護現場で模索と実践が積み重ねられてきた今だからこそ,見えてきたことがあります。
ACPとは本来,将来,本人が意思表示できなくなった時に備え,希望を話し合い,記録し,必要に応じて代理意思決定者を定めておくプロセスを指していました。この「狭義のACP」は,意向を尊重するうえで重要な概念ですが,すべての場面にそのまま馴染むわけではありません。実際,ACPが患者さんの目標に沿ったケアに有用だとする明確なエビデンスは乏しく,国内外で懐疑的な声もあります。
それでもACPが注目されたのは,「患者中心の話し合い」や「全人的ケア」といった,私たちが長年大切にしてきたものの,言葉にしづらかった実践に,「ACP」というちょうどよい“名前”が与えられたからかもしれません。現場で積み重ねてきた姿勢や思いに言葉としての輪郭が与えられ,多くの方の共感を呼んだ側面もあるのではないでしょうか。
一方,ACPを実践しようとすればするほど,もどかしさや迷いに直面することもあります。疾患や病期,ケアの場所が異なれば,患者さんやご家族のニーズも異なります。現場の課題に根ざすのではなく,定型的な「ACP像」を実装しようとすることで,本来の目的から逸れてしまうこともあります。
緩和ケアを含む国内の医療・介護・福祉の現場では,「ACP」という言葉が広まる以前から,重い病を抱えた患者さんの苦しみに目を向け,ご本人の希望を反映したケアが模索されてきました。病状の変化が予測される患者さんやご家族と,その都度のケア目標を話し合い(real-time goals-of-care conversation),1つひとつの意思決定を支援する(in-the-moment decision-making)ことの重要性は,あらためて言うまでもありません。
ACPは,「生」や「死」,そして「価値観」に関わる深いテーマです。海外の知見は示唆に富みますが,日本の制度や文化,倫理的背景を踏まえずには語れません。ACPは目的ではなく手段であり,大切なのは,目の前の困りごとを少しでも減らすことです。「聞いてもらえた」「わかってもらえた」と患者さんが感じ,不安が和らぐよう支援するには,どのような姿勢や仕組みが必要なのか。急な病状変化が起き,意思疎通が難しい時に,どうすればご本人を尊重した意思決定支援ができるのか。現場の声に耳を傾け,国内外の知見を踏まえながら,必要なことを考え,行動し,振り返る──その積み重ねの中で,「自分たちの現場ではこうすればいいかもしれない」という実感が育まれていくのだと思います。
本書には,多様な背景や専門をもつ実践家の方々が,ACPに向き合い,悩み,工夫しながら培ってこられた知恵が詰まっています。執筆者の先生方の言葉からは,私たちも多くの学びと励ましをいただきました。
最後になりましたが,いつも同志として深い示唆をくださる共同編集者の竹之内沙弥香先生,ご多忙のなか快く執筆を引き受けてくださった先生方,そして編集を丁寧に支えてくださった染谷美有紀様に,心より感謝申し上げます。
本書が,皆さまのACPやケアの実践に少しでも役立つことを願っております。
2025年 新緑のもとで
森 雅紀
目次
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第1章 ACPとは何か
1 ACPとは何か
ACPの定義
ACPの発展の経緯
2 ACPにおける課題と展望
Morrisonらの論考
懐疑的な論考に対する反応
国内でどう考えるか
第2章 ACPの方法
1 「生きる」力を支える患者中心の話し合い
話し合いの方法を習得する意義
話し合いの型を習得する方法
「生きる」力を支える話し合いのコツ(こうすればうまくいく)
話し合いがうまくいかないときの対処法
2 話し合いの手引き
「重い病を持つ患者へのケアプログラム」(SICP)開発の背景
SICPの概要
「患者との話し合いの手引き」──指針,留意点,ポイント
「患者との話し合いの手引き」──話し合いの手順
3 「生きる」力を支える──ACPの鍵
基本の型を訓練する
信頼関係を築く
価値観を理解する
家族(代理意思決定者)とともに話し合う
第3章 ACPを実践する
[疾患編]
1 腎不全患者のACP
透析患者の事前指示
日本透析医学会の最近の動き
ACPのプロセスにおけるSDM
CKDステージにおけるACP
日本文化に合わせたACPの在り方について
CKD患者の人生の最終段階におけるACP
透析患者の看取りの増加への対応
2 心不全患者のACP
なぜACPが重要か
現状・課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望(メッセージ)
3 がん患者のACP──乳がん
なぜACPが重要か
現状・課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望
4 がん患者のACP──膵臓がん
膵臓がんとは
膵臓がん患者へのトータルサポート
膵臓がん患者へのACPの実践
今後の展望
5 がん患者のACP──脳腫瘍
なぜACPが重要か
現状・課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望
6 慢性呼吸器疾患患者のACP
なぜACPが重要か
現状・課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望
7 神経難病患者のACP
なぜACPが重要か
現状・課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望
[領域編]
1 高齢者のACP
急性期病院における高齢者のACP
高齢者施設におけるACP
居宅介護支援事業所における高齢者のACP
3つの場所,3つの立場から見えてきたこと
2 在宅患者のACP
ACPの重要性と課題
「生きる」を支える話し方のコツ
ACPがうまくいかないときの対処法
今後の展望(メッセージ)
3 「小児ACP」が提示する課題と可能性
いま起きていること
「意思決定支援」について共有したいこと
ACPが提示する思考課題
実践
今後の展望
4 地域で紡ぐACP
誰のための,何のためのACPなのか
比較的健康度の高い人のACP啓発のための市民プロジェクト
ACPは人生の最終段階になって始めるものではなく,人生の最終段階のためだけのものではない
疾患を抱える者のACP
高齢者救急搬送の現場で本人の意向が反映されづらい要因
地域でACPを紡いでいく上で重要なこと
5 救急・集中治療のACP
緊急でのACPで確認するべきポイント
3ステージプロトコル
Time-limited trial(TLT)
生命維持治療の中止
パンデミックにおけるACP
第4章 よりよいACPを実践するために
1 面会制限や限られた時間の中でのACPの工夫
クリティカルケアにおける治療とケアの選択支援に必要なアセスメントと実践の工夫
隔離された患者と家族をつなぎACPを実践する
患者を支える家族(重要他者)の悲嘆と遺族ケア
2 ACPにおけるコミュニケーションスキルと代表的なツール
話し合いを始める際に有用なコミュニケーション──3W
悪い知らせを伝えるコミュニケーションツール──SPIKES,SHARE
感情に対応するためのスキル──NURSE,Ask-Tell-Ask,Tell me more
治療とケアのゴールを設定するコミュニケーション──REMAP
コミュニケーションスキルの使い分け
3 ACPと情報共有
ACPと情報共有
ACPのプロセスにおいて共有する情報
ACPにおける情報共有の現状
情報共有の具体的なツール
4 ACP地域連携ツール
浜松市におけるACPの課題
浜松市の地域連携ツールとしての「人生会議手帳」の開発
「生きる」を支えるACP教育
元気なうちから,患者のセルフケア能力を育てる
まとめ
5 多職種によるACP支援チームの立ち上げ
基本になる考えをどのように共有するか──原点に返って,価値を語り合う
仕組みづくりのプロセスとポイント──成功事例を称賛し,価値を共有する
多職種教育のポイント──教育は共育,事例を通して協働する
ACP支援の実践プロセスにおける看護師の役割
6 急性期病院でACPを意思決定に生かす院内体制の整え方
医学的ジレンマ・倫理的ジレンマ
法的なジレンマ
ジレンマがある場合の意思決定に関する必要な情報の整理
Time-limited trial(TLT)
治療中止は選択肢にありうることを病院として決定することが重要
院内倫理委員会の役割
7 ACP支援者のセルフケア
セルフケアの工夫
GRACEプログラム
「大切にしたいことを語れる相手」になるということ
セルフケアはガーデニングのように
8 聴く力
医療における〈傾聴〉
〈対話〉とは何か
医療現場における〈対話〉とセーフティ
〈対話〉によるケアの実際
9 懐疑派からみた今後のACPの在り方
ACPに懐疑的になるこれだけの理由
前向きの提案
まとめ
索引