がん医療の臨床倫理
「倫理は生きている」MDアンダーソン発、臨床倫理の最良にして最新のテキスト
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目覚ましいスピードで変容を続ける、がん臨床の世界。しかし、その速度に現場のコミュニケーションは、そして倫理は十分に対応できているだろうか。答えの出ない問いにぶつかりながらも、それでも前に進むために。最前線の臨床家から、これから現場にでる医学生、看護学生、そして当事者まですべてを含めた臨床倫理の最新にして決定版。医療者のみならず倫理の研究者も必携の1冊。
原書編集 | Colleen Gallagher / Michael Ewer |
---|---|
訳 | 清水 千佳子 / 高島 響子 / 森 雅紀 |
発行 | 2020年10月判型:B5頁:464 |
ISBN | 978-4-260-04280-2 |
定価 | 8,800円 (本体8,000円+税) |
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日本語版への序(コリーン・ギャラハー、マイケル・S・ユーワー)/推薦の言葉(リチャード・テリオー)/緒言(ロナルド・A・デピンホ)/序(コリーン・ギャラハー、マイケル・S・ユーワー)
日本語版への序
がん患者のケアは複雑でうまくいかないことも多く、ときに巨額のコストがかかる。非常に洗練されたチームでケアにあたっていても、がんの診断から終わりまでの─根治もありうるがまだそれが難しい場合もある─、肉体的にも精神的にもきつい道のりのほぼ全ての過程で、倫理的な困難に直面する。何が正しく、何が公平で、我々のなすことのどこまでが善だといえるのか。これら古くからある問いに対する答えを、本書はがんへの介入がもたらす意味を見据えながら探ることを試みる。
その時代に我々が手にしている知識や技術によって何が正しいかが決まる。この倫理的原則はいつの時代においても不変のものである。正義の前提が変わらないからこそ、技術が変化していく中で困難な状況における我々の倫理的な対応のしかたは見直しが繰り返されてゆく。
本書は、現在我々ががん医療においてどのような倫理的な困難に立ち向かっているのかを映し出す。これが書かれたのが10年前あるいは10年後であれば、本書の内容は異なるものになっただろう。いままさに目の前にある倫理的な困難をどのように捉え、どのように解決しようとするのか、それを同僚やメンターや学生や友人に理解してもらうために必要だと考えられるものをこの本で私たちは明らかにした。
医学は長年にわたってサイエンス(science)とアート(art)の対立軸で議論されてきた。本書は、最新の医療においても、理解や共感、思いやり、広く倫理的なものの見方がいかされるアートの役割が残されていることを示すことで、その隔たりをいくらかでも埋めてくれるだろう。今回の日本語版の刊行にあたり、読者が本書に関心を持ち何がしかの価値を見いだしてくれることを希っている。そして何より、どこでどのような倫理的な困難に向き合っているかによらず、悩みや恐れ、期待や困難を抱えるがん患者のニーズを少しでも満たすことに役立ててほしいと願っている。
コリーン・ギャラハー
マイケル・S・ユーワー
推薦の言葉
がん医療の倫理的問題を探究する─卓越した知へのいざない
がんは古くから知られる疾患である。しかしいまだ不明のことが多く診断や治療も複雑で、日々更新される新たな知見によって、診断や治療の最前線ではさまざまな倫理的問題が生じている。がんの遺伝学と個人的な遺伝の問題といえば、いま最も注目されている倫理の話題だといえる。遺伝はいつ、どのようにして、がん患者当人にとって重要な問題になるのか? 遺伝子の新しい技術を用いたベストプラクティスとは何か?
人間は複雑である。一人ひとりの指紋が異なるように、それぞれの生き方、価値観、人生観や、人生における困難への反応のしかたは異なる。こうした世界観を我々はどのように認識し、傷ついた人たちのためにその視野を適用するのか? がんの診断やそれに伴う苦痛がもたらす実在の危機は、ときに胸をえぐるような特別な苦痛で患者を脅かす。
がん患者のケアは、チーム医療が標準となっている。医学、看護、薬学、社会サービスやコミュニティの関与や支援など、専門性の高い知識へのニーズが増すなか、がんと診断された人の人間性を「見落とす」懸念が生じている。がんに対する科学的アプローチ(臨床試験、基礎科学、サバイバーシップ)を重視しつつも、がんが患者に与える脅威を認識し、病気の現実とそれがその人に与える衝撃を見落としてはならない。がん患者のケアにおいては、科学の進歩への貢献と同時に、それぞれの患者を「みる」力のバランスを取らなくてはならない。
がんと診断された人のケアにおいて「正しく」判断するためには、さまざまな判断によってその人に起こりうる帰結を予測しながら、「正当な」行動と「間違った」行動の可能性を吟味し、そのバランスを考慮する必要がある。
がんの世界は拡張し続け、いまや実質的なケアを提供するチームだけでなく、ビジネス、病院、薬局、研究活動を行う企業や組織、行政にとどまらず、さまざまな専門職が患者のケアに関わり、患者のケアに影響を及ぼしている。
がん患者のケアにあたるチームのメンバーが、がん医療における倫理的な諸問題の基礎知識、判断の「正しさ」と「間違い」を評価するアプローチ、ケアの実践のプロセスを学ぶことは必須である。
私も現場としている、倫理的側面を持つがんのケアとそのさまざまなかたちでの表現が本書では論じられており、それを読み、吸収し、応用することで、がん医療の倫理をさらに探究するための骨格をものにすることができるだろう。
この本の執筆には、経験豊かな臨床家とそれぞれの領域のエキスパートがあたっているが、いずれの執筆者も、がんの医療と科学の複雑な問題に対する答えを模索しながら、患者の苦痛を少しでも和らげることにキャリアをささげてきた人たちである。
読者の皆さんにも、本書の詳細に渡る実践的ながん医療の倫理の知識をぜひ活用してほしい。きっと役に立つことをお約束する。
リチャード・テリオー
Richard Theriault
緒言
古代ギリシア時代に倫理原則が見いだされ文書に残されて以来、臨床家は常に倫理を意識してきた。患者を癒すことに関わる者は、倫理的な問題に敏感であり続けなくてはならない。癒しや助言を求める人に対する情報提供や推奨、治療にあたって、臨床家は社会的、経済的、政治的ないかなる利益相反もあってはならない。テキサス大学MDアンダーソンがんセンターは、がん患者に対する倫理的なケアを定義する最前線の存在であり続けてきた。他に先駆けていちはやく倫理委員会を設立し、施設の倫理綱領を策定した。その倫理綱領は石に刻んだように固いものではなく、直観的な考え方や、新しい技術や治療戦略に応じて変化する患者のニーズを反映し、日々進化している。
本書には、がん患者の倫理的なケアに心を砕いてきた多くの人たちの視点が記されている。編者の2人─1人は倫理委員会の前委員長、もう1人は現在の統合倫理学部門の長であるが─は、本書のなかでがん患者特有の倫理的問題を取り上げ、がん患者のケアは科学的で適切なタイミングに行うだけでなく、繊細かつ人道的、倫理的でなくてはならないというメッセージを読者に伝えようとしている。
本書が賢明なる皆様の役に立つものと信じている。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター 第4代学長
ロナルド・A・デピンホ
Ronald A. DePinho
序
本書を手に取った読者はこう思われることだろう。人が病気を治すことを試み出してから医学の倫理についてはさんざん考察され、書きあらわされてきたのに、ここでどうしてまた新しい本が必要なのか、と。倫理の根本─医療従事者は、善行のために力を尽くし、危害を加えることを避け、そして患者の意向や希望を尊重する─は変わらない。医療を実践する環境は劇的に変化しているが、がん患者のケアをみる限りがん患者を癒す技術はどこも変わっていない。現代のがん医療では、毒性が強く侵襲性の高い技術が用いられる。多くの場合それらを組み合わせるため、1人の医師だけで治療を行うことはできない。がん患者は、根治、延命もしくは死に向かう道すじを経る中で、外科、腫瘍内科、放射線治療、緩和・支持療法など、さまざまな専門家と出会うことになる。さらに、移植や臓器別の外科専門医、腫瘍循環器医、腫瘍腎臓学など非腫瘍部門の専門家らと出会う可能性もある。こうした新しい出会いがあるたびに、治療が倫理的であること、治療目標が一貫していること、倫理的な問題のバランスが考慮されていることを確認し、ときには話し合いの場を持たなくてはならない。倫理的な疑問が残ることもあるし、食い違う意見が調和することもある。がん患者のケアには不確実な部分が多く、その不確実性が非常に大きいことも少なくない。患者の多くは自分の病気の不確実性を理解し、意思を固める─我々倫理の専門家は、患者のこうした状況を理解し、合理的で意味のある真の選択を患者が行える手段を提供しなくてはならない─。選択肢が少なすぎると父権主義的になるし、選択肢が漠然としすぎていると非合理的、非生産的で、無駄になる可能性がある。本書では、がん治療にあたるチームが直面するまさにこうしたジレンマを考察する。
がん患者に倫理的なケアを提供しようとするとき、治療以外の要素も考慮しなくてはならない。例えば新しい治療戦略を提供する上で、臨床研究の果たす役割は大きい。被験者を保護する研究倫理審査委員会(Institutional Review Boards)や、医療情報に関する患者プライバシーの保護を目的としている医療保険の携行性と説明責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act;HIPAA)が設けられているにしても、それらによって倫理的な問題は解消されるわけではなく、深い見識が求められる。思いやりと理解、特にがんに関連づけて倫理原則を理解することは極めて重要である。
現代のがん医療は、政府と民間の保険者が関わる異常なまでに複雑な支払いシステムの上に成り立っている。がん医療へのアクセスや支払い基金への義務をめぐって、がん医療の倫理的な問題や葛藤が生じることが多い。「1人の医師」から「医療チーム」によるケアへの変化、また「個別の資金」から「プールした資金」による費用負担へと支払いシステムが変容するのを受けて、患者の利益を追求する「ミクロの倫理(micro ethics)」と、我々の行動が広く社会に与える影響を懸念する「マクロの倫理(macro ethics)」とのバランスを、がん医療の中でどのように取ればよいのかが大きな問題となってきている。本書ではこの問題も取り上げる。
30年以上前、MDアンダーソンがんセンターのジャン・ヴァン・アイス博士(Dr. Jan Van Eys)は、病院委員会の初代委員長としてがん医療に特化した倫理綱領を作成した。そもそも倫理綱領が必要なのかと疑問視する声もあった。倫理綱領はどれを取っても古臭いので、医療の進歩に伴ってきめ細かく書き換えていく必要があるという意見もあった。1984年には非常に珍しかったがん患者のための倫理綱領であるが、いまや常識となっている。本書の編者はともに、MDアンダーソンの倫理綱領のもとに置かれる病院倫理委員会の議長を務めている。
本書の完成に貢献してくれた執筆者の皆さんは、もともと医療者教育のために文章を書いてくださった。しかし、彼らはその当初の目的を超えて、がん患者のケアにおける倫理的な問題を考えるきっかけや視点を与え、その大きな困難や問題点を認識できるようにすることで、がん患者のケアにあたる同僚の助けになりたいという思いを我々と共有していただけることになった。
最後に、本書の編集にあたり指導と激励をいただいたマリア・アルマ・ロドリゲス博士(Dr. Maria Alma Rodriguez)と、進捗管理を行い一字一句校正してくださったティモテオ・A・ゴンザレス氏(Timoteo A. Gonzales III)に感謝の意を表したい。
コリーン・ギャラハー
マイケル・S・ユーワー
日本語版への序
がん患者のケアは複雑でうまくいかないことも多く、ときに巨額のコストがかかる。非常に洗練されたチームでケアにあたっていても、がんの診断から終わりまでの─根治もありうるがまだそれが難しい場合もある─、肉体的にも精神的にもきつい道のりのほぼ全ての過程で、倫理的な困難に直面する。何が正しく、何が公平で、我々のなすことのどこまでが善だといえるのか。これら古くからある問いに対する答えを、本書はがんへの介入がもたらす意味を見据えながら探ることを試みる。
その時代に我々が手にしている知識や技術によって何が正しいかが決まる。この倫理的原則はいつの時代においても不変のものである。正義の前提が変わらないからこそ、技術が変化していく中で困難な状況における我々の倫理的な対応のしかたは見直しが繰り返されてゆく。
本書は、現在我々ががん医療においてどのような倫理的な困難に立ち向かっているのかを映し出す。これが書かれたのが10年前あるいは10年後であれば、本書の内容は異なるものになっただろう。いままさに目の前にある倫理的な困難をどのように捉え、どのように解決しようとするのか、それを同僚やメンターや学生や友人に理解してもらうために必要だと考えられるものをこの本で私たちは明らかにした。
医学は長年にわたってサイエンス(science)とアート(art)の対立軸で議論されてきた。本書は、最新の医療においても、理解や共感、思いやり、広く倫理的なものの見方がいかされるアートの役割が残されていることを示すことで、その隔たりをいくらかでも埋めてくれるだろう。今回の日本語版の刊行にあたり、読者が本書に関心を持ち何がしかの価値を見いだしてくれることを希っている。そして何より、どこでどのような倫理的な困難に向き合っているかによらず、悩みや恐れ、期待や困難を抱えるがん患者のニーズを少しでも満たすことに役立ててほしいと願っている。
コリーン・ギャラハー
マイケル・S・ユーワー
推薦の言葉
がん医療の倫理的問題を探究する─卓越した知へのいざない
がんは古くから知られる疾患である。しかしいまだ不明のことが多く診断や治療も複雑で、日々更新される新たな知見によって、診断や治療の最前線ではさまざまな倫理的問題が生じている。がんの遺伝学と個人的な遺伝の問題といえば、いま最も注目されている倫理の話題だといえる。遺伝はいつ、どのようにして、がん患者当人にとって重要な問題になるのか? 遺伝子の新しい技術を用いたベストプラクティスとは何か?
人間は複雑である。一人ひとりの指紋が異なるように、それぞれの生き方、価値観、人生観や、人生における困難への反応のしかたは異なる。こうした世界観を我々はどのように認識し、傷ついた人たちのためにその視野を適用するのか? がんの診断やそれに伴う苦痛がもたらす実在の危機は、ときに胸をえぐるような特別な苦痛で患者を脅かす。
がん患者のケアは、チーム医療が標準となっている。医学、看護、薬学、社会サービスやコミュニティの関与や支援など、専門性の高い知識へのニーズが増すなか、がんと診断された人の人間性を「見落とす」懸念が生じている。がんに対する科学的アプローチ(臨床試験、基礎科学、サバイバーシップ)を重視しつつも、がんが患者に与える脅威を認識し、病気の現実とそれがその人に与える衝撃を見落としてはならない。がん患者のケアにおいては、科学の進歩への貢献と同時に、それぞれの患者を「みる」力のバランスを取らなくてはならない。
がんと診断された人のケアにおいて「正しく」判断するためには、さまざまな判断によってその人に起こりうる帰結を予測しながら、「正当な」行動と「間違った」行動の可能性を吟味し、そのバランスを考慮する必要がある。
がんの世界は拡張し続け、いまや実質的なケアを提供するチームだけでなく、ビジネス、病院、薬局、研究活動を行う企業や組織、行政にとどまらず、さまざまな専門職が患者のケアに関わり、患者のケアに影響を及ぼしている。
がん患者のケアにあたるチームのメンバーが、がん医療における倫理的な諸問題の基礎知識、判断の「正しさ」と「間違い」を評価するアプローチ、ケアの実践のプロセスを学ぶことは必須である。
私も現場としている、倫理的側面を持つがんのケアとそのさまざまなかたちでの表現が本書では論じられており、それを読み、吸収し、応用することで、がん医療の倫理をさらに探究するための骨格をものにすることができるだろう。
この本の執筆には、経験豊かな臨床家とそれぞれの領域のエキスパートがあたっているが、いずれの執筆者も、がんの医療と科学の複雑な問題に対する答えを模索しながら、患者の苦痛を少しでも和らげることにキャリアをささげてきた人たちである。
読者の皆さんにも、本書の詳細に渡る実践的ながん医療の倫理の知識をぜひ活用してほしい。きっと役に立つことをお約束する。
リチャード・テリオー
Richard Theriault
緒言
古代ギリシア時代に倫理原則が見いだされ文書に残されて以来、臨床家は常に倫理を意識してきた。患者を癒すことに関わる者は、倫理的な問題に敏感であり続けなくてはならない。癒しや助言を求める人に対する情報提供や推奨、治療にあたって、臨床家は社会的、経済的、政治的ないかなる利益相反もあってはならない。テキサス大学MDアンダーソンがんセンターは、がん患者に対する倫理的なケアを定義する最前線の存在であり続けてきた。他に先駆けていちはやく倫理委員会を設立し、施設の倫理綱領を策定した。その倫理綱領は石に刻んだように固いものではなく、直観的な考え方や、新しい技術や治療戦略に応じて変化する患者のニーズを反映し、日々進化している。
本書には、がん患者の倫理的なケアに心を砕いてきた多くの人たちの視点が記されている。編者の2人─1人は倫理委員会の前委員長、もう1人は現在の統合倫理学部門の長であるが─は、本書のなかでがん患者特有の倫理的問題を取り上げ、がん患者のケアは科学的で適切なタイミングに行うだけでなく、繊細かつ人道的、倫理的でなくてはならないというメッセージを読者に伝えようとしている。
本書が賢明なる皆様の役に立つものと信じている。
テキサス大学MDアンダーソンがんセンター 第4代学長
ロナルド・A・デピンホ
Ronald A. DePinho
序
本書を手に取った読者はこう思われることだろう。人が病気を治すことを試み出してから医学の倫理についてはさんざん考察され、書きあらわされてきたのに、ここでどうしてまた新しい本が必要なのか、と。倫理の根本─医療従事者は、善行のために力を尽くし、危害を加えることを避け、そして患者の意向や希望を尊重する─は変わらない。医療を実践する環境は劇的に変化しているが、がん患者のケアをみる限りがん患者を癒す技術はどこも変わっていない。現代のがん医療では、毒性が強く侵襲性の高い技術が用いられる。多くの場合それらを組み合わせるため、1人の医師だけで治療を行うことはできない。がん患者は、根治、延命もしくは死に向かう道すじを経る中で、外科、腫瘍内科、放射線治療、緩和・支持療法など、さまざまな専門家と出会うことになる。さらに、移植や臓器別の外科専門医、腫瘍循環器医、腫瘍腎臓学など非腫瘍部門の専門家らと出会う可能性もある。こうした新しい出会いがあるたびに、治療が倫理的であること、治療目標が一貫していること、倫理的な問題のバランスが考慮されていることを確認し、ときには話し合いの場を持たなくてはならない。倫理的な疑問が残ることもあるし、食い違う意見が調和することもある。がん患者のケアには不確実な部分が多く、その不確実性が非常に大きいことも少なくない。患者の多くは自分の病気の不確実性を理解し、意思を固める─我々倫理の専門家は、患者のこうした状況を理解し、合理的で意味のある真の選択を患者が行える手段を提供しなくてはならない─。選択肢が少なすぎると父権主義的になるし、選択肢が漠然としすぎていると非合理的、非生産的で、無駄になる可能性がある。本書では、がん治療にあたるチームが直面するまさにこうしたジレンマを考察する。
がん患者に倫理的なケアを提供しようとするとき、治療以外の要素も考慮しなくてはならない。例えば新しい治療戦略を提供する上で、臨床研究の果たす役割は大きい。被験者を保護する研究倫理審査委員会(Institutional Review Boards)や、医療情報に関する患者プライバシーの保護を目的としている医療保険の携行性と説明責任に関する法律(Health Insurance Portability and Accountability Act;HIPAA)が設けられているにしても、それらによって倫理的な問題は解消されるわけではなく、深い見識が求められる。思いやりと理解、特にがんに関連づけて倫理原則を理解することは極めて重要である。
現代のがん医療は、政府と民間の保険者が関わる異常なまでに複雑な支払いシステムの上に成り立っている。がん医療へのアクセスや支払い基金への義務をめぐって、がん医療の倫理的な問題や葛藤が生じることが多い。「1人の医師」から「医療チーム」によるケアへの変化、また「個別の資金」から「プールした資金」による費用負担へと支払いシステムが変容するのを受けて、患者の利益を追求する「ミクロの倫理(micro ethics)」と、我々の行動が広く社会に与える影響を懸念する「マクロの倫理(macro ethics)」とのバランスを、がん医療の中でどのように取ればよいのかが大きな問題となってきている。本書ではこの問題も取り上げる。
30年以上前、MDアンダーソンがんセンターのジャン・ヴァン・アイス博士(Dr. Jan Van Eys)は、病院委員会の初代委員長としてがん医療に特化した倫理綱領を作成した。そもそも倫理綱領が必要なのかと疑問視する声もあった。倫理綱領はどれを取っても古臭いので、医療の進歩に伴ってきめ細かく書き換えていく必要があるという意見もあった。1984年には非常に珍しかったがん患者のための倫理綱領であるが、いまや常識となっている。本書の編者はともに、MDアンダーソンの倫理綱領のもとに置かれる病院倫理委員会の議長を務めている。
本書の完成に貢献してくれた執筆者の皆さんは、もともと医療者教育のために文章を書いてくださった。しかし、彼らはその当初の目的を超えて、がん患者のケアにおける倫理的な問題を考えるきっかけや視点を与え、その大きな困難や問題点を認識できるようにすることで、がん患者のケアにあたる同僚の助けになりたいという思いを我々と共有していただけることになった。
最後に、本書の編集にあたり指導と激励をいただいたマリア・アルマ・ロドリゲス博士(Dr. Maria Alma Rodriguez)と、進捗管理を行い一字一句校正してくださったティモテオ・A・ゴンザレス氏(Timoteo A. Gonzales III)に感謝の意を表したい。
コリーン・ギャラハー
マイケル・S・ユーワー
目次
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日本語版への序
推薦の言葉
緒言
序
CHAPTER 1 がん医療における倫理と組織のアイデンティティ
はじめに
がん医療における倫理の特徴とは?
組織のアイデンティティと倫理
組織の倫理的ビジョンを実践につなげる─その課題
結論
CHAPTER 2 経験は重要である─患者と医師のパートナーシップ
はじめに
臨床的な不確実性に直面したときのリーダーシップ
患者中心のアプローチとは何か
新たなパートナーシップ関係で争点となる自律性
結論
CHAPTER 3 患者体験と終末期ケア─4人の患者の考察と分析
はじめに
患者中心・家族志向のケアと患者体験
生命倫理の原則と終末期ケア
終末期ケアで直面する困難な臨床状況
終末期ケアに固有の倫理的課題と最適な結果を促進するための戦略
結論
CHAPTER 4 がんの子どもにおける倫理的問題
研究における子どもの倫理的扱い
ケアの拒否
小児がん患者の終末期における倫理的問題
結論
CHAPTER 5 がんサバイバーシップにおける倫理的問題
はじめに
サバイバーとは誰か? サバイバーシップとは何か?
倫理とサバイバーシップに関するサバイバーと医療者の世界観
サバイバーシップケアにおいて倫理的に考慮されるべきこと
社会経済的脆弱性が倫理的意思決定に及ぼす影響
晩期障害の議論における倫理的対立
ケアプランと調整によるアウトカムの改善
症例を通してみるサバイバーシップケアにおける新たな倫理的対立
結論
CHAPTER 6 がんの統合医療と倫理
はじめに
CAIMとは
CAIMを望む患者と向き合う際の倫理的な課題
信頼ある関係性を第一にして
CHAPTER 7 最近の倫理的な問題─臨床家の経験から
はじめに
医療の実践か、ヘルスケア産業か
コストをカバーすること
薬価
ビジネスとしてのヘルスケア
終末期にかかる医療費の問題
結論
CHAPTER 8 患者と家族を改善に従事させる医療者の倫理的義務
全てを変える3つの言葉
はじめに
アクセス・診断
治療
終末期
なぜ患者体験と質改善を結びつけるのか?
CHAPTER 9 人を対象とする研究における倫理的配慮─がん研究における新しい問題
はじめに
人を対象とする研究の定義、規制の歴史
現在の法的・倫理的枠組み
人を対象とするがん研究における新しい倫理的問題
結論
CHAPTER 10 がん患者が研究参加者となって臨床試験に組み込まれる際の倫理的懸念
はじめに
臨床試験のアクセス、利用可能性、患者・社会の認識(原則─正義)
研究の意図と目的の理解(原則─善行、無危害、自律尊重)
IRBと研究参加者としての患者の役割と責任(原則─自律尊重、善行、正義)
インフォームド・コンセント─様式とプロセス─誰が理解すべきか
(原則─自律尊重、善行、無危害)
研究の種類とフェーズ(原則─自律尊重)
臨床試験における遺伝子・ゲノム研究(原則─自律尊重、善行、信頼への信認性)
研究における利益相反
結論
CHAPTER 11 リーダーを育てる
はじめに
なぜ医療にリーダーが必要か?
リーダーシップとは何か?
医療従事者はどうすれば有能なリーダーになれるか?
結論
CHAPTER 12 がん患者教育における倫理
はじめに
倫理原則
倫理規定
教育プロセスと倫理の適用
医療者・患者・地域社会の現代的ニーズを満たすために
CHAPTER 13 がん医療における商業主義
はじめに
現在の医療財政の単純化モデル
倫理的ながん医療の提供
自律に対する経済的・倫理的な障害
医療における商業主義の基礎
がん患者に影響を及ぼす商業主義の非倫理的となりうる例
がん患者への倫理的な医療を守るための強化された規制の必要性
CHAPTER 14 がん治療における費用の考え方
はじめに
治療費に関する倫理的な考え方
がんの治療費における不均衡
患者市民による問題提起
結論
CHAPTER 15 医療産業における合併、買収、統合
─大きい方が倫理的な結果をもたらすのか?
はじめに
産業の全体図
M&Aの流れを後押しする原動力
合併に関連するリスク
医療提供者-患者関係
研究活動への影響
増加する合併の動きに対する総合的評価は?
倫理的な課題への応答
CHAPTER 16 法令とコンプライアンス
はじめに
遺伝・遺伝学
死後の遺伝学的所見の返却
医療と遺伝カウンセリングの実践における制約
「センシティブ」な医療情報としてのがん
終末期にあるがん患者とエンド・オブ・ライフに関わる法的問題
結論
CHAPTER 17 多様性とヘルスケア
はじめに
がんの捉え方
がん医療における意思決定
臨床研究
推奨
がんと診断されたとき
結論
CHAPTER 18 患者、研究参加者、血縁者に個別遺伝学的
所見を開示する際の倫理的な枠組み
はじめに
倫理的に判断すること
インフォームド・コンセント
個別遺伝情報開示の枠組み
遺伝情報開示プログラムの実行にあたっての組織倫理とシステムの在り方
結論
CHAPTER 19 がんセンターの管理者が直面する倫理的問題
はじめに
全てのヘルスケア管理者に課される倫理的責任
がんセンターの管理者が直面する倫理的問題
資源の活用
適切な資源の確保
適切な人員数の確保
患者・家族中心のケア
結論
CHAPTER 20 倫理と情報技術
はじめに
電子カルテ
コミュニケーション
患者アクセス
研究
患者のために技術を使いこなすこと
索引
訳者あとがき
訳者一覧
原著者・訳者略歴
推薦の言葉
緒言
序
CHAPTER 1 がん医療における倫理と組織のアイデンティティ
はじめに
がん医療における倫理の特徴とは?
組織のアイデンティティと倫理
組織の倫理的ビジョンを実践につなげる─その課題
結論
CHAPTER 2 経験は重要である─患者と医師のパートナーシップ
はじめに
臨床的な不確実性に直面したときのリーダーシップ
患者中心のアプローチとは何か
新たなパートナーシップ関係で争点となる自律性
結論
CHAPTER 3 患者体験と終末期ケア─4人の患者の考察と分析
はじめに
患者中心・家族志向のケアと患者体験
生命倫理の原則と終末期ケア
終末期ケアで直面する困難な臨床状況
終末期ケアに固有の倫理的課題と最適な結果を促進するための戦略
結論
CHAPTER 4 がんの子どもにおける倫理的問題
研究における子どもの倫理的扱い
ケアの拒否
小児がん患者の終末期における倫理的問題
結論
CHAPTER 5 がんサバイバーシップにおける倫理的問題
はじめに
サバイバーとは誰か? サバイバーシップとは何か?
倫理とサバイバーシップに関するサバイバーと医療者の世界観
サバイバーシップケアにおいて倫理的に考慮されるべきこと
社会経済的脆弱性が倫理的意思決定に及ぼす影響
晩期障害の議論における倫理的対立
ケアプランと調整によるアウトカムの改善
症例を通してみるサバイバーシップケアにおける新たな倫理的対立
結論
CHAPTER 6 がんの統合医療と倫理
はじめに
CAIMとは
CAIMを望む患者と向き合う際の倫理的な課題
信頼ある関係性を第一にして
CHAPTER 7 最近の倫理的な問題─臨床家の経験から
はじめに
医療の実践か、ヘルスケア産業か
コストをカバーすること
薬価
ビジネスとしてのヘルスケア
終末期にかかる医療費の問題
結論
CHAPTER 8 患者と家族を改善に従事させる医療者の倫理的義務
全てを変える3つの言葉
はじめに
アクセス・診断
治療
終末期
なぜ患者体験と質改善を結びつけるのか?
CHAPTER 9 人を対象とする研究における倫理的配慮─がん研究における新しい問題
はじめに
人を対象とする研究の定義、規制の歴史
現在の法的・倫理的枠組み
人を対象とするがん研究における新しい倫理的問題
結論
CHAPTER 10 がん患者が研究参加者となって臨床試験に組み込まれる際の倫理的懸念
はじめに
臨床試験のアクセス、利用可能性、患者・社会の認識(原則─正義)
研究の意図と目的の理解(原則─善行、無危害、自律尊重)
IRBと研究参加者としての患者の役割と責任(原則─自律尊重、善行、正義)
インフォームド・コンセント─様式とプロセス─誰が理解すべきか
(原則─自律尊重、善行、無危害)
研究の種類とフェーズ(原則─自律尊重)
臨床試験における遺伝子・ゲノム研究(原則─自律尊重、善行、信頼への信認性)
研究における利益相反
結論
CHAPTER 11 リーダーを育てる
はじめに
なぜ医療にリーダーが必要か?
リーダーシップとは何か?
医療従事者はどうすれば有能なリーダーになれるか?
結論
CHAPTER 12 がん患者教育における倫理
はじめに
倫理原則
倫理規定
教育プロセスと倫理の適用
医療者・患者・地域社会の現代的ニーズを満たすために
CHAPTER 13 がん医療における商業主義
はじめに
現在の医療財政の単純化モデル
倫理的ながん医療の提供
自律に対する経済的・倫理的な障害
医療における商業主義の基礎
がん患者に影響を及ぼす商業主義の非倫理的となりうる例
がん患者への倫理的な医療を守るための強化された規制の必要性
CHAPTER 14 がん治療における費用の考え方
はじめに
治療費に関する倫理的な考え方
がんの治療費における不均衡
患者市民による問題提起
結論
CHAPTER 15 医療産業における合併、買収、統合
─大きい方が倫理的な結果をもたらすのか?
はじめに
産業の全体図
M&Aの流れを後押しする原動力
合併に関連するリスク
医療提供者-患者関係
研究活動への影響
増加する合併の動きに対する総合的評価は?
倫理的な課題への応答
CHAPTER 16 法令とコンプライアンス
はじめに
遺伝・遺伝学
死後の遺伝学的所見の返却
医療と遺伝カウンセリングの実践における制約
「センシティブ」な医療情報としてのがん
終末期にあるがん患者とエンド・オブ・ライフに関わる法的問題
結論
CHAPTER 17 多様性とヘルスケア
はじめに
がんの捉え方
がん医療における意思決定
臨床研究
推奨
がんと診断されたとき
結論
CHAPTER 18 患者、研究参加者、血縁者に個別遺伝学的
所見を開示する際の倫理的な枠組み
はじめに
倫理的に判断すること
インフォームド・コンセント
個別遺伝情報開示の枠組み
遺伝情報開示プログラムの実行にあたっての組織倫理とシステムの在り方
結論
CHAPTER 19 がんセンターの管理者が直面する倫理的問題
はじめに
全てのヘルスケア管理者に課される倫理的責任
がんセンターの管理者が直面する倫理的問題
資源の活用
適切な資源の確保
適切な人員数の確保
患者・家族中心のケア
結論
CHAPTER 20 倫理と情報技術
はじめに
電子カルテ
コミュニケーション
患者アクセス
研究
患者のために技術を使いこなすこと
索引
訳者あとがき
訳者一覧
原著者・訳者略歴