MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
書評
2025.06.10 医学界新聞:第3574号より
《評者》 新城 拓也 しんじょう医院院長
医療者は現場で演劇をする
本書は,訪問看護師が療養者の傍らで何を思い,何をし,どのような言葉を掛けているのかを丁寧にたどった一冊である。
医療者にとって患者との出会いはいつも突然であり,互いに選び合うことはできない。病気の種類もさまざまであり,家族関係や在宅での療養環境も多種多様だ。だからこそ,「手のかからない,いつもと同じ患者」など存在しない。一人ひとりが異なる旅路をたどり,死という未知の経験に向き合っていく。そのプロセスはしばしば苦痛を伴い,どれほど経験と技術があったとしても,医療者はその重みに圧倒される。看取りの現場は,慣れなど通用しない。現場に立ち続ける私自身も,毎回疲労し,逃げ出したくなることがある。きっと,患者や家族も同じように「逃げたい」と思っているに違いない。それでも誰も逃げることはできず,ただ困難な日々を共に歩むしかないのだ。
本書では,出会いから死別に至るまで,訪問看護師がどのように状況をとらえ,行動し,言葉を紡いでいくのかが,段階ごとに細やかに描かれている。初対面では距離感をはかりつつ,時に思い切って踏み込み,相手の思いに触れ,意味を伝える言葉で説明する。日々のかかわりを積み重ねる中で,変化の兆しを逃さず,患者や家族の変化に応じて対応していく。終末期には安楽なケアを提供し,死が迫る中での不安や苦しみを和らげ,看護師としての最後の役割として死後のケアまで丁寧に行う。その全てが,「その人らしい最期」を支える営みとして描かれている。
著者は,看護師の「大丈夫」という一言が療養者や家族の不安を安心へと変えることがあると述べている。「大丈夫」は,看護師にとっての“魔法の言葉”かもしれない。私自身もよく「大丈夫」と口にする。しかし,私が指導してきた若い医師たちは,「無責任にそんなことは言えない」と口を閉ざしてしまうことが多い。誠実さゆえに,毎日どのように病状が進行しているかを冷静かつ医学的に説明することに終始してしまうのだ。だから私は彼らにこう伝えてきた。「治るから大丈夫」ではなく「苦しまないから大丈夫」と,同じ「大丈夫」でも何が大丈夫なのかを理解し,言葉として使えるようになるべきだと。そしてその「大丈夫」は,自分自身が一番近くで聞いている。苦しい現場に立ち続ける医師自身も,その言葉に励まされる。これは医療者自身にとっての“魔法”でもあるのだ。
私は常々,医療の現場は「舞台」であると感じている。看取りの現場で医療者が使う言葉の一つひとつは,日々手入れし,磨き続けなければならない。即興ではなく,きちんと準備された脚本が必要だ。思いつきの言葉は,時に人を傷つける。短くても,心に届き,相手を支える言葉には,積み重ねと訓練が必要だ。本書に綴られているのは,そんな言葉たちの一つひとつであり,まさに看取りの現場で繰り広げられる温かな舞台のための,優れた脚本なのである。
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PT・OTのための子どもの リハビリテーション評価マニュアル
- 楠本 泰士 編
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B6変型・頁344
定価:3,960円(本体3,600円+税10%) 医学書院
ISBN978-4-260-05775-2
《評者》 新田 收 アール医療専門職大リハビリテーション学部学部長
地域へ発展する新時代を見据えた子どものリハビリテーション評価マニュアル
書籍『PT・OTのための子どものリハビリテーション評価マニュアル』を拝読しました。コンパクトな書籍でありながら,内容は充実したものでした。発達理論をベースとしながら,子どもをどのようにとらえたら良いのかについての解説から始まっています。この点は人間発達学の領域であり,臨床を続けているとふと忘れてしまいそうな,基礎科目とも言えるものです。臨床家を対象とした書籍でありながら,こうした基礎領域をしっかり押さえていることが素晴らしい点です。さまざまな評価は,こうした基礎領域の理解があって,初めて有用な結果を見せてくれます。
続いて,病院,訪問,学校,就労支援といった臨床現場ごとに役割の解説があります。現在,PT・OTの職域は拡大しています。地域や学校で働くPT・OTも増加傾向にあります。しかし,PT・OT養成校の講義で取り上げられる臨床現場は,病院がほとんどであり,地域や学校については,自らの経験を基に講義をすることができる教員が決定的に不足しています。本書は,こうした教育課程における知識を補っています。そして,臨床現場で働くための実践的な視点を提供しています。
本書を編集した楠本泰士先生は,病院で長年勤務した後,大学教員をしながら,地域で子どもとのかかわりを継続しておられます。臨床の大ベテランであり,地域における活動の先駆者です。そして,教育者です。楠本先生が,自らの経験に基づき編集されているので,非常にわかりやすく,現場に即したものとなっています。
書籍の本体は実に幅広い評価法,評価データの解析となっていました。扱う評価データは,バイタル,睡眠,栄養といった基本データを含んでいます。PT・OTがつい見過ごしてしまうようなデータですが,臨床では理解しておかなくてはならない点です。ここまで網羅した解説書は少なく,楠本先生の編集の意図がうかがわれます。
さらに,子どもの心身,活動,参加にかかわる評価が解説されています。項目としては,姿勢,感覚などから,体力,ADL,地域参加といったように,非常に幅広く,それぞれの評価尺度は最新のものが含まれており,しっかりとエビデンスにも触れています。
子どもに関するPT・OTの職場は変化しています。地域に展開する訪問リハ,放課後デイサービスといった,臨床現場に対するニーズは増加しています。短い経験年数,あるいは新卒で,こうした現場に配属されるPT・OTも少なくありません。本書はこうした新人に,またベテランのPT・OTに対しても,知識を確認するための大きな助けになると信じます。ぜひ手に取っていただくことをお勧めします。
《評者》 青木 洋介 なゆたの森病院長 / 前・佐賀大医学部教授
感染対策チーム(ICT)の全職種が共有できるテキスト
「学習成果を実社会で発揮するためには,継続的な脳への情報のinputに加え,脳内に蓄えられた知識を適時・適格にoutputすることのできるスキルも同様に不可欠である」〔Benedict Carey(註). How We Learn――Throw out the rule and unlock your brain's potential. Random House. 2014〕。
この「Input」と「Output」の双方を司るために必要なのが脳の中の“ひきだし”に相当するのではないか。専門家になっていく過程で多くの情報(知識)を修得し,その時点まで培った知識体系の中で意味付けをし,自分の知として咀嚼・収得としたものを系統的に管理するスペースが“ひきだし”である。普段は意識上になくとも,目前の課題に対応するひきだしを開けることで,その場面で必要とされるセオリーや問題解決の糸口を自ら取り出すことができる。優れた専門家は,ひきだしの中身のみでなく,ひきだしの組み方自体も必要に応じて更新し,体系だった思考回路をupdateし,常に実践的であろうと心掛ける。
本書『感染症薬学のひきだし』は,“ひきだし”と名のつくとおり,学習者が知識体系を整理し,機動性を持たせることを支援してくれるテキストである。感染症の総論および疾患各論,抗微生物薬の各論,そして感染制御と,大きな4段のひきだしからなり,感染対策チーム(infection control team:ICT)機能の全体をカバーする構成になっている。全ての各論(1~39)においてサブテーマが記載されており―例えば「26.その他の抗菌薬」の副題は,“使いこなせば便利な名脇役たち”である―,これらが新作映画のキャッチコピーのように,早く中身を見たくなる気持ちにさせてくれる。
いずれの各論も冒頭の「はじめのひきだし」は非常に重要で,後に続く詳細なfactsの学習内容を俯瞰する道標的役割を果たしている。さらに「ステップアップのひきだし」は,最新のトピックスや専門的に特化した知見が紹介されている。これは執筆担当者が重視する事項が何であるかを示しており,同分野にいそしむ自分以外の専門家がひきだしに格納している智恵を知ることにもなり,興味深い。同時に,読者のひきだしの中身も細部にわたり充実することが期待される。
『感染症薬学』と題された本書であるが,感染症の治療薬(3段目)は当然ながら,感染症各論(2段目)の内容も過不足なく記載されている。4段目の感染制御学は図説や写真も多く,施設内感染対策の保守点検に活用することができる。さらに巻末の付録では,予防接種が類別化されており,各ワクチンの接種時期,接種法について丁寧に表記されている。このように,全体を通して本書はとても実用的なものとなっている。
『感染症薬学のひきだし』はICTの全職種が共有できるテキストである。時間をかけてでも皆で読み上げることができれば,チーム力が向上し,個々の患者さんの診療の質向上に十分に貢献できることが期待される。各自の知的“ひきだし”を構築しながら,ぜひ読み進めていただきたい一冊である。編集・編集協力の先生方の手腕に敬意を表したい。
註:ベネディクト・ケアリー(1960年~)はニューヨーク・タイムズの医療・科学担当記者。
《評者》 石井 正 東北大病院総合地域医療教育支援部部長
一つの職種,一つの組織では災害には立ち向かえない
本書は,近年の災害対応における多職種協働の実践と課題を体系的にまとめた,極めて実践的かつ意義深い一冊である。
私は2011年の東日本大震災において,最大被災地の一つである石巻医療圏で宮城県災害医療コーディネーターとして,支援医療救護班で構成された「石巻圏合同救護チーム」を立ち上げ,地域災害医療の現場指揮に当たった。そのとき痛切に感じたのは「一つの職種,一つの組織では災害には立ち向かえない」という現実であった。すなわち,避難所巡回診療などの医療提供だけでなく避難所の健康支援,仮設住宅への移行,慢性疾患患者のフォロー,福祉的ケア,精神的ケア,そして地域全体の情報調整――被災者の健康を守るためにはこれらの保健福祉領域のサポートは必須なのだが,それを円滑に遂行・調整していくためには看護師,保健師,薬剤師,社会福祉士,行政職,自衛隊,NPO,地元住民といった多様な立場の人々の力が必要だったのである。
本書が優れているのは,第一に,そうした災害支援の実際における「多職種の力」について,読者がイメージしやすいように,支援チーム・職種ごとにその発足経緯を含めて具体的に紹介している点である。中でもDMAT,DPAT,DHEATなどの専門チームの活動や,各種学会の災害支援活動などについて非常にわかりやすく述べられている。第二に,救護所,病院,避難所など災害支援の「場」ごとに多職種連携による支援の取り組みについても述べられている点である。第三に,ジェンダー視点に立った配慮,メンタルヘルス,災害関連死など,災害支援にかかる課題ごとに支援の在り方についても言及をしている点である。本書はこれらのことがよく整理された形で構成されているので,生きた実践書としての役割を十二分に果たしているといえる。
効果的な多職種連携体制を構築するためには,互いの職能の背景や制度,価値観を理解し,橋渡しをすることが求められる。私自身,震災当時,前述のように行政と医療,医療と福祉のあいだをつなぐ役割を担わざるを得なかった。これは,災害時に限らず平時の地域包括ケアの実践にも通じる本質的な視点であり,本書がその重要性を繰り返し強調している点は評価に値する。
また,COVID-19という新たな健康危機における多職種連携の課題と対応が章立てて取り上げられている点も,斬新である。パンデミック下では従来の災害対応の枠組みでは対応しきれない複雑性が顕在化した。本書はそうした新たな局面に対しても,多職種の柔軟な協働と相互理解の重要性を説いている。
災害は必ずまた起こる。そのとき,私たちはよりよい連携のかたちを探求し続けなければならない。その意味でも本書は,災害医療に従事する全ての医療従事者のみならず,現場で迷いながらも人びとのいのちと暮らしを支えようとする支援者たる行政職,教育者,地域福祉に携わる人々にとっても,大きな学びと示唆を与えてくれる書となろう。
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