医学界新聞

書評

2025.05.13 医学界新聞:第3573号より

《評者》 国立がん研究センター東病院頭頸部外科科長

 最初に本書を手に取った時に「きれいな本だな」といった印象がとても強かった。一見すると美術書のような雰囲気であるが,その表題は『Facial Danger Zones』!

 本書は,もともとフェイスリフトを施行する際のリスク回避のために執筆されたものである。われわれ,耳鼻咽喉科・頭頸部外科医にとってはなじみのない手術手技であるが,顔面神経の走行やその保護,顔面の血管走行に重点を置いた記載がされており,その詳細な記載は顔面・頸部の手術をする者にとって新たな発見を与えてくれる。

 本書の最大の特長は美しい絵図と手術写真,わかりやすい解説にある。解剖学的構造は精細なイラストと鮮明な術野写真を用いて示されており,視覚的に理解しやすい。また,各チャプターに二次元バーコードが付されており,動画を通じて手術手技や解剖のキモを確認できる点もありがたい。実際の術野での神経の位置関係や注意すべきポイントを動画で確認できることは,外科医にとって大きな学習効果をもたらすだろう。

 頭頸部腫瘍の治療が柱である頭頸部外科においては,腫瘍切除後の機能温存が重要であり,特に顔面神経の損傷は患者のQOLに重大な影響を与える。本書では,第I章で顔面神経の各枝の解剖学的位置,危険領域(Danger Zones)の詳細な記載と共に,顔面の「層構造」を意識することで神経損傷のリスクを最小限に抑える戦略が解説されている。これは神経温存を考慮した手術計画の立案に大いに役立つ知識であり,形成外科医や美容外科医のみならず,頭頸部外科医にとっても極めて実践的なガイドとなる。

 第II章では顔面の血管分布に関する詳細な記載があり,これが顔面皮膚切開を伴う手術において重要な示唆を与えている。動静脈の走行を正確に理解することで,皮膚切開時の血流阻害による壊死を防ぐことが可能となる。特に,頬部や口周囲の血流支配についての知識は,局所皮弁を用いる手術を行う際に有用であり,血行障害を回避するための戦略を立てる上で役に立つ。

 最終章では「エネルギーデバイス」に関する解説がなされている。これらの機器は主に美容形成外科で使用されるものであり,われわれが直接使用する機会は少ないかもしれない。しかし,本章で述べられている「安全性を最大限に高める」というフィロソフィーは,頭頸部外科領域においても共通する概念である。

 本書を貫いている優れた点は,Safety-IとSafety-IIの視点を自然に包含していることである。従来の「危険を回避する(Safety-I)」という観点にとどまらず,「いかに手術をより安全に,かつ効率的に進めるか(Safety-II)」という視点からの工夫が随所にみられる。術野の展開方法,組織の牽引や剥離の工夫,各種エネルギーデバイスを用いる場合の安全への配慮など,臨床の場で即座に役立つ情報が盛り込まれている。頭頸部外科領域において機能温存を重視する外科医にとって,本書は解剖学的知識を深めるための優れたリソースであり,手元に置いておく価値のある一冊である。


《評者》 株式会社Kids Public産婦人科オンライン代表
日医大女性診療科・産科

 本書は,生物統計家のエキスパートである新谷歩先生が2015年に刊行した初版を大幅にアップデートした第2版である。初版は「数式をできる限り避ける」という大きなコンセプトの下,基礎知識から実践編まで体系的にわかりやすくまとめられており,多くの医療者に愛読されてきた名著だ。約10年ぶりの新版ということで,期待が膨らむのは当然だろう。

 第2版では,初版よりおよそ70頁増の248頁となり,内容が大幅に充実している。新たに追加された項目も多く,リスク比やオッズ比,回帰分析のメカニズム,欠損値の補完,繰り返し計測したデータの扱い方,さらにはベイズ法など実践的トピックがわかりやすく解説されている。

 私自身,臨床研究を始めた当初は「リスク比とオッズ比の違い」を十分に理解できていなかったが,近年は「研究成果を示す際に最適な指標を選ぶこと」の重要性が高まっており,リスク比を示すのかオッズ比を示すのかなどしっかり検討する必要性をあらためて感じている。また,「P値の正しい理解と使い方」や「欠損値をどう取り扱うか」は,論文を読む上でも臨床研究を進める上でも避けては通れない問題である。まだ自信が持てていない方には本書の一読を強く勧めたい。さらに,近年の観察研究でよく用いられる「傾向スコア」や「混合効果モデル」についても丁寧に触れられており,臨床研究でのより広い応用が可能になるだろう。

 全体を通して図表が豊富に使われている他,ビジュアル面もより洗練されている。初版よりも濃いブルーを配色に取り入れるなど,視覚的にもわかりやすく工夫されている上,サブタイトルを効果的に用いた構成が読みやすさを一層高めている。こうした細かな改善により,本書は内容のみならずレイアウトやデザイン面でも格段にわかりやすくなったと感じた。

 加えて,第2版の巻末には,新谷先生がこれまでに公開してきた100本以上のYouTube動画の二次元バーコードが掲載されていて,スマホからすぐにアクセスできる。視覚と聴覚でも学べるコンテンツを提供できるのは,新谷先生ならではの強みだろう。ちなみに,日本語の動画で再生数トップ3は①「EZR使い方」,②「基礎科学のための統計チェックリスト」,③「傾向スコアの使い方とコンセプト」だった(閲覧時点)。本書を読んでいてわかりにくかったトピックがあれば,ぜひ動画をチェックしてみることをお勧めする。

 本書が多くの医療者や研究者にとって,新たな“バイブル”となることを心から期待している。


《評者》 北海道立子ども総合医療・療育センター リハビリテーション課

 医学書院から発刊された『人間発達学 第3版』は,理学療法士や作業療法士をめざす学生のみならず現職者にとっても,発達の基礎を学ぶ上で欠かせない一冊です。本書は,従来の発達学の枠を超え,運動機能,認知機能,心理社会的機能の三つの視点から,人間の発達を多角的に解説しています。特に,発達のメカニズムを理解することに重点が置かれており,臨床における応用力を高める内容となっています。

 本書の大きな特徴の一つは,発達過程の詳細な記述とその構成のわかりやすさです。例えば,乳児期から学齢期にかけての運動発達に関する章では,つかまり立ちから歩行獲得に至るプロセスを段階的に説明しており,発達の流れを縦断的かつ横断的に理解できるよう工夫されています。さらに,発達段階ごとの重要なマイルストーンが明確に示されており,臨床現場での評価や介入に役立つ実践的な知識が得られる点も魅力的です。

 また,本書の大きな特長として,130本ほどの動画コンテンツがWeb付録として収載されている点です。発達を学ぶ上で,文字や静止画像だけではとらえにくい動きの変化を,動画によって直感的に理解できるのは大きな利点です。特に,新生児の原始反射や乳児の姿勢制御の発達など,実際の臨床評価で求められる知識を,具体的な動画を通じて学べる点は,教育的価値が高く,現職者にとっても再確認できる内容となっています。

 近年,小児リハビリテーションの対象となる子どもたちが有する疾患は,脳性麻痺のみならず,骨・関節疾患や神経・筋疾患,発達障害や染色体異常,先天異常,呼吸・循環器疾患など多種多様化しています。また,障がいを持つ子どもたちの支援の場も,家庭だけではなく,施設,病院,保育園,幼稚園,発達支援センターや児童デイサービス,学校といった教育機関など多岐にわたり,ライフサイクルに合わせて,かかわる職種も変化していきます。そのような現状からも,本書を通じて,発達の基礎を多角的,包括的にとらえることが重要であり,子どもへの直接的な支援だけではなく,家族指導や家族支援,多職種連携における情報共有や指導などにも効果的に使用できる内容だと考えています。

 『人間発達学 第3版』は,発達の基礎を学ぶ全ての人にとって価値のある一冊であり,学生にとってはわかりやすく,臨床家にとっては実践に即した内容が豊富であり,専門職の知識を深めるための優れた参考書となり得ます。動画コンテンツを活用した学習効果の向上や発達のメカニズムへの深い理解,最新の研究成果の反映といった点において,本書がさまざまな形で,小児リハビリテーションの充実,発展,さらには障がいを持つ子どもたちや家族の健康と幸福に影響,貢献していくことを期待しています。


《評者》 医療法人社団輝生会理事長

 リハビリテーション医療は,回復期リハビリテーション病棟の制度化を機に急速に広がりを見せてきた。しかし,急性期病院でのリハビリテーション医療提供体制は十分とはいえず課題とされてきた。診療報酬においても急性期での早期リハビリテーション治療を促す改定がなされ,がん医療では「がん患者リハビリテーション料」が認められ,その要件としての研修事業によって全国の急性期病院におけるがん患者の外科手術後のリハビリテーション医療の普及が図られてきた。近年は急性期治療後の速やかな在宅復帰が一層重視され,入院における早期かつ集中的なリハビリテーション医療提供体制の充実に期待が寄せられている。

 このような現状において,本書の刊行は消化器外科領域における術後の速やかな在宅復帰をめざした早期からのリハビリテーション医療の充実という課題解決に向けて時宜を得たものであるといえる。

 本書では,リハビリテーション医学・医療の最新の知見から始まり,外科手術の術前術後にリハビリテーション医学・医療がかかわるべき内容がさまざまな側面からわかりやすく解説されている。消化器外科の先生方には術前および術後早期からのリハビリテーション医療がなぜ必要で,どのような効果をもたらすのかが理解いただけるであろう。さらには,周術期以降の回復期そして在宅生活に向けたリハビリテーション医療の取り組みも取り上げられており,回復期のリハビリテーション医療機関との連携や退院後の診療などにも役に立つ内容も含まれている。

 本書は,消化器外科患者のリハビリテーション治療に携わるリハビリテーション科医をはじめチームスタッフにとっては,消化器外科の概要と治療法の現状を知り,知識を整理し,治療の現場に生かすことができるであろう。代表的な消化器がん患者の術後リハビリテーションにおける重要なポイントが簡潔にまとめられており,消化器外科治療チームとリハビリテーション治療チームとが共有することにより,よりよいチーム医療の実践にもつながる。

 本書を通して,消化器外科チームの医師やスタッフには,活動を育む医療であるリハビリテーション医療の幅広い役割とその効果について認識を深めていただきたい。リハビリテーション医療チームの医師やスタッフには,日々進歩する消化器外科の最新情報をもとに,術前および術後早期からのリハビリテーション医療がより安全かつ効果的に実践されることを願っている。


《評者》 新潟医療福祉大教授・鍼灸健康学

 本書には評者と同世代の漢方医の名前が何人も出てくる。評者は四半世紀にわたり寺澤捷年先生の著作に学んでいるのであるが,この世界でいかに多くの後進を教え導いておられるのかを改めて思い知らされた。

 「桃李成蹊」のたとえのごとく,寺澤先生の著作や講演はどんな読み手・聞き手をも惹きつけてやまないものがあるが,その魅力はいったいどういったところにあるのだろうか―――それは明晰めいせきでわかりやすく,どこか親しみやすい“語り口”にあるように評者は思う。

 ……二二歳の男性患者。頭部打撲後の脱毛症の症例を記します。職場での精神的ストレスが強く,上司との関係も良くなかった(後日談)そうですが,二週間前,棚から8 kg程の商品を下ろそうとしたときに,運悪く,段ボール箱の角が頭頂部に当たったのです。「コブ」は比較的厚みのある皮下血腫ですが,日を追うごとに頭髪が脱落して円形の脱毛症になってしまいました……

 症例提示はしばしば冷たい事実の羅列になりがちで,それは「科学性」「客観性」を保つ上で仕方のないことであるが,寺澤先生の症例の描き方は生き生きとしており,患者の顔つきやしぐさまで目に浮かぶようである。

 以前,寺澤先生のお弟子さんから,次のような話を伺ったことがある。先生は講演だけでなく,落語をおりになることもできる。車を運転されるときは必ず古典落語の録音を流して,噺の稽古に余念がないのだとか……。だから,先生の“語り口”は魅力的なのか,と感心したものだが,最近になり「いやいやそれだけではない……」と思い直すようになった。

 漢方の世界には「親試実験」という言葉がある。自分の目や手で確かめた事実を最も信頼できる立脚点とし,全ての議論をそこから出発させようという学問的態度を意味する。これは中国で発展した観念的なものの見方に対するアンチテーゼであり,日本の漢方医は理屈のフィルターを取り払って目の前のヴィヴィッドな現実をじかに感じ取る,その“肌触り”を重んじてきた。長年にわたる研究の中で寺澤先生は早くから日本漢方のそういった特質を見抜き,ご自身で体現されているからこそ,治療経験の「語り」が輝きを放つのではないだろうか……。

 しかし本書では,その「語り」の中にいくばくかの陰りがさしているように見える。これまで,度重なる漢方薬の保険収載外しの動きや,漢方薬を処方すればするほど差損が生じる「逆ザヤ」問題をなんとか乗り越えてきたが,COVID-19パンデミックの後で起こったのが漢方薬の供給不足である。他方で医師の知識不足から不適切な漢方薬の処方も横行しており,寺澤先生はこうした現状に強く警鐘を鳴らしている。

 ひょっとすると,もはや医療を提供する側とその恩恵にあずかる側の合意だけでは,漢方が存続できない時代に入りつつあるのかもしれない。もしそうであるとすれば,漢方や医療に関心を示さない「外部」にも働きかけ,日本の伝統医学の大切さを知ってもらうことが必要だということになる。そのためには,「親試実験」から一歩進み出て,新たな「観念」や「理論」で武装しなくてはならないのだろうか。

 寺澤先生はその方向性を本書の後半部分で指し示している。欧化政策を急ぐ明治新政府が西洋医学中心の医制を定めたちょうど150年前,旧弊とされた伝統医学は,今や世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)の体系に採り入れられ,その経済合理性に注目し費用対効果を検証する研究がなされるなど,普遍的な価値を持つものとして再評価する機運が世界中で高まっている。だが,それに呼応する国内の動きはまだまだ鈍いと言わざるを得ない。日本の医療の美点を自らみすみす放棄してしまうようなことにならないようにするために,本書のメッセージは医療人にはもちろん,博く「外部」の人々にも届けられなくてはいけない。


《評者》 横浜市大附属市民総合医療センター内視鏡部部長

 平澤俊明先生の著書『Dr. 平澤俊明の白熱講義実況中継 胃SEL/SMTの診断と治療』に出合ったのは,2024年のJDDWの書籍販売コーナーである。赤い表紙が目を引く本書は,その人気を反映するかのように最前列に展示されていた。俊明先生がこの書籍を執筆されたという噂を耳にしたとき,「SMTだけの書籍? かなりニッチなところを攻めたなぁ」という印象を受けた。しかしながら,いざ手に取ってみると,その印象は「すげぇ面白い」に一変したのである。

 本書の書評を執筆する機会をいただいたのは,僭越ながら私が同じ“平澤”という姓を名乗っているからか,あるいは胃SMTに対してEFTR(endoscopic full thickness resection)を実施しているからかはわからないが,いずれにせよ,このような貴重な機会をいただいたことに感謝の念を抱いている。

 もともと国際的にはSEL(subepithelial lesion)という用語が使用されていたが,本邦ではSMT(submucosal tumor)が主流であり,最近ではこの呼称も少しずつ統一されつつある。本書の冒頭部分では,SELとSMTという2つの表現の定義や違いが非常に丁寧に説明されており,多くの医師が抱えていた「もやもや」を見事に解消してくれる。この書名が「SEL/SMT」となっているのは,現在もSMTという表現に慣れ親しんでいる国内医療現場への配慮と,両者の違いを明確にする意図が込められているのだろう。

 GIST(消化管間質腫瘍:gastrointestinal stromal tumor)を代表とする筋層由来の腫瘍は狭義のSMTに該当するが,俊明先生の狙いは単にこれらを解説することではないだろう。推測するに,SMT様の形態をとる腫瘍,すなわちSELには多くの鑑別診断が存在し,それを正確に診断することの重要性や面白さを,著者自身の経験を通じて伝えたかったのではないだろうか。「これなんだろう?」と疑問を抱いたとき,とことん追及する俊明先生の姿勢が随所に表れており,本書では多岐にわたる鑑別診断が体系的かつ網羅的に記載されている。「SELには癌が含まれる」という事実をここまで明確に示した書籍は今まで存在せず,これだけでも本書の価値は極めて高い。

 さらに特筆すべきは,「画」の美しさである。内視鏡写真,病理組織,シェーマに至るまで,全ての画像の質が非常に高い。ただ眺めているだけでも興味深く,さらにその画像に「腹落ちする解説」がついているのだからたまらない。なぜその腫瘍がSELといった特殊な形態をとるのか,その詳細な解説はまさに「腹落ち」そのものである。パッと開いたページの画像を見て,「これはなんだ? へぇ,なるほど!」と思わず感嘆する瞬間が何度も訪れる。これだけの症例を集め,それを解説できるだけの高品質な画像をそろえるには,相当な労力がかかったであろうことは想像に難くない。

 本書は,SELという枠組みにとどまらず,胃腫瘍全般における名著といえる一冊である。